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第171話 情報伝達ネットワークの構築と維持をさせよう

 さて、広い地域を統治するには中央と地方などをつなぐ情報伝達のためのネットワークが大事だ。


 ペルシャやローマにおいては馬を使う駅伝制度が早くから発達していたが、中国においても駅伝制度は古くから発達していた。


 駅伝とひとまとめにしているが駅制、伝制はそれぞれ行うことが違い、駅制は中央と地方との間での緊急の情報伝達を主眼としている。


 たとえば反乱や異民族や外国の攻撃などだな。


 それに対して伝制は中央で発給した官文書の地方への輸送や逆に地方からの奏上文の中央への輸送、官僚の中央と地方の往来を主目的としていて、こちらは通常の情報伝達や人の往来の公的な交通機関としての利用が主で、反乱鎮圧で川を渡る際の兵士などの輸送もこちら。


 そのため駅は騎馬で、伝は馬車や水路での船を使うが、どちらにせよその歴史は古く、春秋時代の後半にはすでに駅伝制度は秦などで運用されていたらしい。


 しかし後漢末には政治の腐敗や相次ぐ反乱、それに続く戦乱による群雄割拠のために、駅伝の施設は整備されなくなって、そのネットワークは破壊され、すっかり廃れてしまった。


 俺が洛陽になかなか入らなかったことや群雄の争いが一番激しかったこともあって、特に中原の駅伝設備の整備は稼働や運河などの整備も含めてこれからやり直さなければならない。


「街道の整備をしつつ、主要な街道に沿って、5里(約2km)おきに郵を、10里(約4km)おきに亭を30里(約12Km)おきに駅を設置し直して、いざという時の情報伝達に支障が出ないようにせよ」


「かしこまりました」


 郵と亭は宿場町の公共的な宿と手紙を扱う場所。


 郵便という制度自体はこの頃からあったわけだが、これはあくまでも公的な任務を帯びた人物が宿泊したり、書類の輸送をするだけで私的には利用できなかった


 ただ、後漢になると庶民が金を払って亭などを利用することも許されてきていた。


 公的な文書に関しては郵卒と呼ばれる下級の役人たちが、駅と駅の間を全力で走って、リレーでバトンを、駅伝でたすきを渡すように、赤い布を頭と腕につけたうえで、紅白の文書入れを背負って走り、それを受け渡しをしていって伝達していた。


 急ぐ必要がある文書は馬を乗り継がせて運ばせた。


 そして特に速度が重要で伝達する内容は単純でも良いものは烽候(ほうこう)という設備を使い伝えられる。


 これは昼間なら狼煙(のろし)、夜なら篝火(かがりび)をあげて、それにより何かが起きたものを伝えるもので、これもある程度の間隔で設置されている。


「烽候についてもきっちり整備せよ」


「かしこまりました」


 これらは国家にとっての目と耳の役割をするからな。


 そしてそれはとても大事なのだ。

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