第105話 高温多湿な場所用の鎧も考えよう
さて、交州に関しては、名目上俺の統治下という位置に落ち着いたと思う。
残る問題は揚州南方の山越や益州南部の西南夷と呼ばれる異言語異民族だな。
秦や漢の時代には、北方胡、南方越といわれ、越と言う呼び方は南方異民族の総称で実際は細かく民族は別れていたりする。
呉越同舟と言う言葉で知られる、春秋時代の越も同じように漢民族でない異民族を主体にしていたらしい。
また益州南部の南中の異民族は西南夷とよばれチベット系、ベトナム系、ビルマ系などに加え苗族・瑶族など各種の少数民族が山岳地帯に広く居住していて、宋のころまでは中華王朝の実質支配がほとんど及ばなかった場所であり、元・明・清といった国々が同化政策をしてようやく実質的な中国の領土と言えるようになった場所でもあったようだ。
「南方との交易のためには抑えておきたいが、やはり力で押さえつけるのは無理であろうな」
史実の劉焉もこのあたりには影響を及ぼせておらず、劉備が益州に入った後で鄧方を朱提太守として派遣し、この鄧方が「強い意志を持ち、真に立派で節操が堅く、財を軽んじて果断にして勇ましく、艱難に惑わず、少数をもって多数を防ぎ、異域において任務を全うした」と言われる有能な人物だったこともあって、彼の統治時は比較的安定していた。
しかし、その後劉備が死ぬと、高定・雍闓・朱褒らが反乱を起こし、諸葛亮自ら兵を率いて高定を討ち取って、雍闓・朱褒らも討ち取られ、反乱を鎮圧した。
その後は孟獲が一応反乱を引き継いでいくのだが、結局すぐに鎮圧されてるらしい。
その後は李恢・呂凱・王伉といった者を除いては現地のものを役人として登用し、支配をゆるくすることで統治を安定させたようだ。
「そういえば鄧方や董和もそろそろ成人して役所勤めをしているいる頃か」
俺は荊州や益州の県の役員でも、法を厳格に守り、私欲にまみれず倹約しつつも、必要なことには散財も厭わぬという有能なものは位を引き上げるようにさせた。
それとともに鎧に関しても南方でも利用できるようなものを考案しようと思う。
鎧を身につければ確かに負傷を防いでくれるが、高温多湿な場所では移動時に体力を消耗してしまいいざというときには熱中症で倒れてしまうとかになりかねないからな。
「通気性を維持しつつ刀剣類や矢を防ぐとすると麻を膠で煮て固めるとかだろうな」
もしくは鎖帷子のようなものを作れば間違いなく通気性は高いんだが、結局肌を守るために下に厚手の衣服を来たら暑い気がするしな。
「とりあえずつくってみるか」
元々革鎧を膠で煮込むというのはやっているが、ローマで青銅の鎧の後に使われたのは麻を重ねて膠で煮込んで作られた鎧であるリネンキュラッサであり、青銅の鎧にとって代わるほどの防御性能と耐久性を持ち、なおかつ金属鎧よりずっと軽く、しかも片手の刀剣やそこそこの威力の矢ではまともに貫けない。
なおかつ元が布なので形状加工もたやすい。
そして麻は安い。
麻布を重ね合わせて膠に漬け込み革紐で前後を結び合わせるとぴったりなサイズにできた。
「ふむ、とりあえず人形にかぶせて試して見るか」
人形に麻布鎧をかぶせまずは片手剣で斬ろうとするが斬れない。
固まった膠はある程度の柔軟性を持ち衝撃を吸収しつつも、けっこう堅くなるので剣を受け止めてしまうのだな。
片手の刀やそれほど強くない弓でも貫通しない。
流石に渾身の力をこめた槍や強弩の矢などには貫かれてしまうがそれは仕方ない。
そして着込んで動いてみるが、膠で煮込んだ革鎧ほどではないもの、それなりの硬さがありながら軽くて動きやすい。
「ふむ、これは良いな。
これを大量に生産させることにするか」
演義で使われたという南蛮の藤甲鎧というのも実はこんな感じだったかもな。
最も膠は火より水に弱いのでそのあたりは注意が必要ではあろうが。
「防水も兼ねて漆を塗るか」
漆を塗ると雨に濡れても防水できるし、さらに漆のおかげで強度も増すしな。




