第11話 ママ友ができた!
午後、早速一臣さんに臣ニを見てもらい、私は壱弥を連れてプレイルームに遊びに行った。すでに、潤君と潤君ママが遊びに来ていた。
「あ、弥生様」
「こんにちは。潤君もこんにちは」
潤君は、壱弥を見て「あそぼ」と大喜びをして、壱弥もすぐさまプレイルームにある小さめのジャングルジムに乗りに行った。
「斗來君は?」
「もうすぐ来ると思います。お昼も一緒にまかない食べたんです。午後はこっちに来るって言っていました」
「そう…」
「聞きましたよ。なかなか謝りたかったのに謝れなかったとか、それでお屋敷まで行っちゃって、一臣様怒りませんでしたか?」
「はい。特には」
「それを聞いて周りのメイドたちが、びっくりしちゃって。一臣様は今でこそ温和になったけれど、前はすっごく怖かったんだよ、おいそれと話もできないくらいだったんだからねって、高尾さんの奥さんに言ったんですよ」
「それで、斗來君ママは?」
「謝りに行ったのに怒られるなんて、そんなのはおかしいって。あの人、本当に怖いもの知らずだわ。高尾さんも気の毒…」
「まだ、来たばかりですし、わからないことも多いんですね」
「う~~ん。もともとああいう人なのか、慣れないからあんな態度なのかわかりませんけど。でも、最初の頃よりは打ち解けてきているのかなあ。最初、部屋にこもったきりで出てこなかったし、だんだんと向こうの寮にも顔を出すようになって、まかないも一緒に食べるようになりましたけどね」
「人見知りがあるのかもしれないですよね」
「え~~。あの人が?」
「わからないじゃないですか。きっと打ち解けていったら変わりますよ。うん」
「弥生様はさすが、何でもプラスに捉えるんですね」
いえいえ。私も実は苦手なタイプなんだけど、仲良くなれたらいいなあという期待もかねてるんです。とは言えない。
そんな話をしていたら、斗來君とママがやってきた。
「弥生さん…。やっぱり旦那さんのほうは来られないですか」
「あ、はい。部屋でしん君を見てくれています」
「…そうですか」
あれ?ちょっと顔がほっとしているような。
「お昼にみんなから、一臣様は本当はとても怖い方なんだって聞いて、弥生様と結婚してから丸くなったけれど、これからは旦那がいづらくなっても大変だから、怒らせないほうがいいって」
「大丈夫ですよ。一臣さんも言っていたけど、旦那さんのことはとっても腕のいいコックだって認めているし」
「ちょっと、旦那の上司に当たる人とどうやって接していいかわからなくって。周りはみんな、奥さんもここで働いているし、誰にも相談もできないし、一人蚊帳の外みたいな気がしちゃって」
「そうね~~。ここはみんな従業員しか住んでいないから、従業員以外の人って初めてかもね」
「え、そ、そうなんですね」
あ、斗來君ママ、もっと不安そうになった。
「そんなことないですよ。前は妹さんだったり、娘さんも住んでいる人がいました」
「妹や娘と嫁じゃ、立場が全然違うじゃないですか」
フォローしたつもりが、斗來君ママにあっさりとそう言われてしまった。
「社宅って普通、住みづらいのかな。私はみんなと仲いいし、屋敷内の寮だったら、通勤時間ゼロだし、家賃安くてすむし、この寮ができた時は旦那とラッキー!って喜んだけど、まったく外からここに住むようになるってなると、気を使ったり、かってがわからなくて困っちゃうのか~~」
潤君ママがそう言うと、斗來君ママはうんうんと頷いた。
「大丈夫ですよ。慣れれば皆さん優しい人ばかりだし、住みやすくなってくると思います」
「弥生様、本当に優しいですよね。弥生様が奥様でよかったですよ。高慢ちきなどっかのお嬢様とかだったら、絶対にやめている人もいたと思います。例えばほら、銀行の…」
「私なんて、全然お嬢様っぽくないってだけで」
大金麗子さんの名前まではさすがに言わせてはいけない気がして、話を途中で遮った。
「政略結婚だったんですよね?他の人と結婚する可能性もあったんですか?」
「候補者が何人かいて、その中から弥生様が選ばれたんですよ」
「へ~~。もともと昔から決まっていたフィアンセだったわけじゃないんですね」
「ほんとう~~に、弥生様でよかったですよ」
潤君ママ、何回それを言うのかなあ。
「あ、いけない。洗濯もの干そうと思っていたんだった。ちょっとだけ潤のこと見てもらってもいいですか?」
「いいですよ」
「すみません」
潤君ママはそう言うと、そそくさとプレイルームをあとにした。
きゃきゃきゃ!3人の子どもたちの笑い声が木霊する中、私と斗來君ママはしばらく無言になってしまった。やばい、気まずい。何か話さないと。
「あ、あの、2人目も同じ学年になりますよね。よろしくお願いします」
「あ、うちの二人目とですか?臣ニ君でしたっけ」
「はい」
「こっちこそ、よろしくお願いします。旦那さんの方とはどうやって接していいかわからないですけど、弥生さんとは仲良くなれそうな気がしています」
「マジですかっ!!!」
私がそう言って顔を近づけたからか、斗來君ママはちょっと顔を引き気味にした。
「あ、すみません。つい嬉しくて。私、子育ての雑誌とか、壱君が生まれる時に読んでいたんですよ。そうしたら、公園デビューのこととか書いてあって。そのうちに私も近くの公園とか行くのかなあ、なんて思っていたんですけど、そうもいかないみたいだし」
「なんでですか?」
斗來君ママは不思議そうに聞いてきた。
「えっと…。その辺の公園だとセキュリティがしっかりしていないから」
「セキュリティがしっかりしていないと、ダメなんですか。あ、最近は変な人も多くて危ないですもんね」
「う~~んと、一臣さんも幼少の頃、攫われそうになったことがあるらしくって」
「え?!そうなんですか。あ、まさかボンボンだからお金目当てに?」
「そういう目的もあれば、まあ、色々と…」
「そうか~~~。そういうことなんですね。一般人とはやっぱり違うんだ」
「はい。だから、公園とか行けそうもないし、それにすぐに仕事開始しちゃったから、いわゆるママ友っていなかったんです」
「でも、ここに来たら潤君ママとかいるじゃないですか」
「潤君ママは、メイドさんで、私が友たちになりたくても、向こうはそう思ってはくれないだろうから」
「そうなんですか?それにしては、雇い主の奥さんに平気で子どもの面倒見させて、洗濯物とか干しに行っちゃいましたよね」
「ああ、あれは、多分一臣さんの時もそうしていたから、あんまり気兼ねしなかったんじゃないかなあ」
「不思議な人ですね、一臣さんって人は。そういうのこそ、怒ったりしないんですか?」
「そういえば…。でも、別に子どもの面倒を見てあげることは、苦にならないんじゃないですか?一臣さん、基本面倒くさがりなんですけど、他の子のことも遊ばせているから、案外子ども好きなのかも」
「なるほど…。今、まだ赤ちゃんの臣ニ君の世話もしているんですもんねえ」
「はい」
「うちの旦那、疲れたって言って、帰ってきても斗來と遊んでもくれないんです。これは前のアパートでもそうだった。公園とかにもそうそう連れて行かないし。でも、公園ってほとんどママたちの集いの場だったから、パパが平日に行くのは抵抗あるみたいなんですけどね。だから、しょうがないかって思っていました」
「はい」
「でも、こっちに来たら、パパがプレイルームに連れて行ってるって話を聞いて、旦那に斗來を任せたんです。で、最初の頃、昼ご飯だからって呼びに行ったら、本当にパパばっかりがいるから、これからは旦那に斗來を任せて、少しゆっくりできるかもって思ったりもしていたの」
「はい」
「まさか、そのパパの中に、お屋敷のボンボンがいるとは思わないじゃない?コック仲間だと思い込んで、その次にプレイルームに行ったとき、普通に子どものこと見てもらって、私もさっきの潤君ママみたいに洗濯物とか干しに戻ったの」
すっかりため口だし、すごい早口だし、もしや実はおしゃべり好き?
「プレイルームに戻ってみたら、もぬけの殻!誰もいなくって、まさか子どもたちだけで抜け出して、あのうっそうと生えている林に行ったのかとか、寮の周りを探しまくって」
「やっぱり?探しまくっていたんですね。ごめんなさい。子どもがいなくなったりしたら、心配でしたよね?」
「ま、まあね。でも冷静に考えてみたら、誰か大人が面倒見ているに決まっているわよね。だけど、一言、言ってほしかったなあ」
「すみません」
「いいんだけど、もう、旦那の方には亜美ちゃんが報告してくれてたみたいだし。旦那がすぐに私にラインでもしてくれたらよかったんだし」
「亜美ちゃんも、斗來君ママにラインでもしていたら」
「そこまで仲良くないの。あ、今もラインとかしていないし」
「……えっと、亜美ちゃんもとってもいい子なので、仲良くなれますよ。私、大好きなんです」
「亜美ちゃんのこと?まあ、確かにいい子よね。今度ライン交換してみるわ」
「はい、ぜひ」
「……友達じゃなくても、弥生さんは従業員の人と仲いいんですってね?」
「はい。みんな優しくていい人ばかりだから。でも、ここにいる人は皆さん従業員だから、従業員じゃない斗來君ママは、純粋にママ友ってことですよね!」
「そういえば、そうかな」
「わあい、嬉しい!ママ友欲しかったんです」
「そうなの?けっこういざこざもあって、前のところでも大変な思いもしたけど」
「え?そうなんですか?」
「子ども同士がけんかしたりとかねえ」
「なるほど」
「逆にここは子どもの数が少なくて、案外うちの子も仲良くやっていけるかな。ちょっと人見知りで臆病なところがあって、やんちゃで意地悪な子だと負けちゃってよく泣かされていたから」
「そうなんだ。泣かすような子もいるんですね」
「壱君も潤君も、見ているといい子だよねえ。斗來がすぐに仲良くなれたのは珍しいもの」
「そうなんですか!」
「二人目も一緒に遊ぶことになるんだし、よろしくね、弥生さん」
「はい、こちらこそ」
「あ、私のことは香って呼んで」
「香さんですね。わかりました!」
「っていう感じで、斗來君ママとママ友になりました!!!」
そう部屋に戻ってから、一臣さんに報告をした。
「マジか。本当に仲良くなったのか、あれと」
「あれとは、失礼な…。話すと気さくでおしゃべり好きで面白い人ですよ」
「へえ。まあ、俺は関わりたくないけどな。いいんじゃないのか、仲良くなって」
「はい。だから、時々しん君の面倒見て下さいね。その間にプレイルームに行ってきます」
「ああ、いいぞ。しんは案外おとなしいし、すぐに寝てくれるしな。今もぐっすりだ」
「ですよね。よく寝ています」
「パパ、あそぼ!」
おもちゃを持って、子ども部屋から壱弥がやってきた。
「いいぞ、何して遊ぶ?怪獣ごっごか?それとも電車で遊ぶか?」
「かいじゅう~~~~」
最近、怪獣ごっこに壱弥ははまりだした。
壱弥、潤君、斗來君、仲良し3人トリオ。臣ニにも友達がすぐにできそうだし、良かったなあ。
私も、考えてみたらママ友がいなかったから、嬉しい展開になって本当に良かった。
翌週の土曜日は、樋口さんのカンフー教室も再開した。
仲良し3人トリオと、私と潤君ママはカンフーを習い、それを斗來君ママは見学していた。
「ママ~~」
終わると嬉しそうに斗來君は、ママに抱き着きに行き、
「斗來楽しい?」
という質問に思いきり斗來君は笑顔で頷いた。
「そう、良かったね、斗來。仲のいい友達ができて」
「うん!」
香さんもまた、満面の笑顔で斗來君の頭を撫でた。ああ、あんな風に香さんは笑うんだなあ。
その笑顔が見れたことが、嬉しくなった。




