第6話 2児の父、一臣さん
臣ニが生まれる前に、一臣さんの部屋の模様替えをした。壱弥が大きくなり、ベビーベッドではなく子供用のベッドで寝るようになって、ベビーベッドは片付けていたのだが、それをまた部屋に置くことになり、隣の部屋に一臣さんの仕事用の机やパソコンも移動した。もう、子どもの遊び場も一臣さんの仕事場もごちゃまぜだ。
「どうせこれからは、家で仕事なんかできないだろうし、別にいいぞ」
と、一臣さんはケロッとしている。そのうえ、
「家に帰ってきてまで一人でいようなんて思わない。子どもや弥生が一緒のほうがにぎやかで楽しいからな」
とも言っている。
自分だけのお城にいた一臣さんの言葉とは思えない。と昔を知っている汐里さんあたりなら言いそう。だけど、あの狭い寮で生活をしたからか、家では常に子どもも身近にいる生活ということに、すっかり一臣さんは慣れてしまったのかもしれない。
あれ?そう言えば壱弥が生まれてから、家に仕事を持ち帰ったことってなかったかも。寮でも壱弥と一緒に子どもむけ番組を見たり、絵本読んだり、おもちゃで遊んであげたり、昼寝していたり、たまに家事を手伝ってくれていたもんなあ。
それも、土日はほぼ家にいた。だけど、仕事は忙しかったはず。だから、スケジュールが密になっていたんだなあ。
臣ニが生まれてから、一臣さんは前よりも壱弥と遊んでくれるようになった。臣ニの世話もしてくれているけれど、壱弥が遊びたそうにしている時には、壱弥を優先している。
臣ニが寝ている時、たまに壱弥は私に甘えてきた。でも、壱弥は私がおっぱいをあげたり、オムツ替えをしている時には遠慮しているようだった。そんな時にすかさず一臣さんが壱弥を抱っこしたり、
「壱、パパが遊んであげるぞ」
と遊んであげていた。
一臣さんってすごいなあ。壱弥の心がわかるみたいだ。ママに甘えられなくても、壱弥はパパに甘えられるからか、赤ちゃん返りもない。屋敷の部屋を出たら、メイドさん、コックさん、庭に行けば庭師さんまでが壱弥と遊んでくれるし、土日は一臣さんが寮のプレイルームに連れて行ってくれるので、年の近い子たちとも遊ぶ機会がある。寂しい思いをしないですんでいる。
プレイルームに連れて行ってくれている間、私も横になれる。壱弥の時は、常に一臣さんは一緒にいて、壱弥の世話をしてくれたけど、今は臣ニの世話よりも壱弥を優先。ちょっとだけ、私のそばにいてくれないことを寂しい...と感じたこともあるけど、だけど、眠気のほうが優先される。寂しさより何より寝たい。
それに、一臣さんが部屋にいない間、時々喜多見さんや日野さん、モアナさんが来てくれた。なかなか臣ニが寝てくれないと、
「寝かしつけるから、弥生様は横になってください」
と、臣二を寝かしつけてくれたり、ちょうどオムツ替えをしている時だと、それを手伝ってくれたりと本当にありがたい。
私が寝ている時は、臣二の様子だけを見て、そうっと部屋を出て行ってくれているようだった。洗濯などもメイドさんがしてくれるし、部屋の掃除もしにきてくれるから、やっぱり私は恵まれているよね。
ご飯だってコック長さんが色々と工夫して、栄養満点のものを用意してくれるし。
よく赤ちゃんが生まれると実家に帰って...という人もいるけど、私は帰らなくてもたくさんの人がお世話してくれるから、実家に帰っているようなものなのかもしれないな。
だけど、ふと上条家を思い出した。1か月検診が終わったら、壱弥と臣ニを連れて遊びに行こう。おばあ様もおじい様も喜ぶよねえ。
臣ニが寝て、一臣さんと壱弥がプレイルームから帰ってきた。
「弥生、臣二は?」
「寝てるよ」
そうっと一臣さんは壱弥と一緒にベビーベッドに近寄り、
「しん、よく寝てる」
と小声でそう壱弥に話しかけた。
「しんちゃん、ねんね」
「そう、ねんね。壱弥も寝るか?眠そうだな」
「うん、イチ、ねんね」
壱弥も自分のベッドに横になり、一臣さんがお腹をぽんぽんしてあげると、すぐに寝てしまった。
「壱君、プレイルームではしゃいできたのかな。すぐに寝ちゃった」
「ああ、プレイルームで遊ぶのも飽きて、外で遊びたいっていうから、芝生の広場までみんなで行って、追いかけっこしていたんだ。俺らは芝生に座ってゆっくりしていたけどな?」
「俺ら...。コックさんたちと行ったんですか?」
「ああ。コックの子たちも一緒に遊んでいたから。いつものメンバーだ。あ、そうだ。また寮に入る家族がいるらしい。上の子が2歳で、二人目を妊娠したから今までのアパートが手狭になって、寮に入りたいと申し出てきたらしい」
「2歳っていったら壱弥と同じ年!」
「独身時代、寮に住んでいたコックらしいが、奥さんが美容師らしい。屋敷内の寮になんか入ったら、子どもが遊ぶ場もなくなるし、自分も旦那の上司と同じ寮で住むのは嫌だと文句を言うから、外のアパートで暮らしていたらしいぞ」
「そうなんですね。確かに旦那さんの職場内で暮らすようなものですもんね」
「でも、寮のほうが今のアパートより広くて、エアコン完備で、そのうえ家賃は安い。プレイルームもあれば、プールやテニスコートで休みの日は遊べる。森に行けばカブトムシも取り放題、そんな条件のいい場所だろ?同じコック仲間が、寮で生活するのは最高だと教えてやったらしい。それに、セキュリティも万全だしな」
「ですよね。もしかして子育てにすんごいいい環境かも」
「それに、コックにしてみれば、通勤時間ゼロだ。奥さんだって、いつでもまかない料理を食べることができるからな、料理つくるのが面倒な時は、まかない食べりゃいいんだ。まあ、奥さんが仕事先に行くのに不便かもしれないが、二人目ができた時点で美容師もやめたらしいし」
「もったいない。やめたんですか?」
「二人目を保育園でも入れたら、仕事復帰するそうだ。今までと違う店でも働けるだろ」
「二人目も同じ年になるのかな。壱君にもしん君にも友達ができるんですね」
「ますますにぎやかになるな。おふくろも、コックたちの子がそのへんで遊んでいても怒ることもないし。まあ、屋敷内に入ってきたらさすがに雷を落とすと思うが、屋敷の敷地内だったら、文句言わないみたいだしな」
「お屋敷はダメなんですね」
「ダメだろ、そりゃ。だけど、敷地内だけでも、遊び場は豊富だぞ。森には大人が一緒じゃないと危ないけどな。あ、そうだ。コックの子どもたちの服にも、GPS付けとかないとな。万が一迷子になっても大変だし。まあ、森にはたいてい忍者部隊がいるから、大丈夫だとは思うけどな」
屋敷の敷地内で迷子って、すごいよなあ。でも、実は私も森の中には行ったことがない。森っていっても、雑木林みたいな感じ。ほぼ人が手入れをしていない、うっそうとしている林。森と言ってもいいくらいの場所。
どうして手入れをしていないかと言えば、忍者部隊にとって訓練に適した場所だから。あのうっそうとしている中で訓練するのがいいらしいんだよね。わざわざ森林の中に行かないでも、屋敷の敷地を守りつつ、訓練までできてしまう。
カブトムシがいる場所にだけは、壱弥と一臣さんと一緒に行った。私が寝ている間にも、朝早くに起きてカブトムシを捕まえに行っていた。来年はコックさんたちの子も一緒に行くことになるかもなあ。
そんな感じで、1か月はあっという間に過ぎた。1か月検診も無事終わり、お宮参りも何の問題もなく無事に終えた。
おばあ様、おじい様、お父様はしん君に会えてとっても喜んだ。壱弥にも久々に会えて、みんなずっと目じりが下がりっぱなし。それは、お義父様も同じだ。
お義母様は、私が大変だからと、臣二を抱っこしながら歩いてくれた。
壱弥は一臣さんやお義父様にくっついていた。会社でも幼いころから社長室が大好きで、お義父様のことも大好きだから、お義父様にもなついている。みんなでのお宮参り、とっても和やかだった。
そして、私もぼちぼち屋敷内を歩いたり、外を臣ニと散歩したりできるようになった頃、寮に新しい家族が引っ越してきた。
「奥さんの年齢は29歳。私よりも上ですけど、話してみたら気さくな感じだし、仲良くなれそうで良かったです」
亜美ちゃんが子供部屋の掃除をしに来た時に、そう話してくれた。
「今、二人目を妊娠中だって聞いたんですけど」
「はい。生まれるのは来年の2月のはじめ頃だって言ってました。今のうちに引っ越して、上の子を寮に慣れさせたいって」
「上の子、壱君と同じ年ですよね」
「そうなんです。男の子です。名前は確か…、斗來君だったかな」
「とらい?」
「二人ともラグビー観戦が好きらしくて。それにちなんでつけたとか」
「そうなんだ」
「二人目も男の子だったらどうするんでしょうね。タックル君とかですかね?」
「さ、さあ?」
「女の子のほうが困るか。ラグビーにちなんだ女の子の名前なんて思いつかないなあ」
確かに。でも、そういうことで名前を付ける人もいるのか。
「今度の週末、プレイルームに行ったらもういるのかな?」
「はい、いると思いますよ」
そうか。じゃあ、一臣さんに壱弥を連れて行ってもらおう。新しいお友達と仲良くなれるといいな。
ということで、さっそく一臣さんは土曜日の午前中、壱弥を連れてプレイルームに行った。私も臣ニがご機嫌だし、私の調子もいいので、30分くらい顔を出そうと、11時過ぎに行ってみた。
プレイルームには久しぶりに来た。あ、一臣さん、コックさんと一緒にいる。
「ママ!」
壱弥が目ざとくドアを開けた私を見つけた。
「なんだ、弥生も来たのか」
「はい。しん君もご機嫌だから、連れてきました」
「あ、臣ニ様、大きくなりましたね」
コックさんにそう言われた。この人が引っ越してきた人か。コックさんは調理場にいるから、あまり会わないんだけど顔は覚えている。名前まで覚えていないんだけど。
「えっと、しん君に会っていましたっけ?」
「一度お見かけして」
「すみません。寮に住んでいるコックさんだと、私面識あるんですけど、そうでないとあまりわからなくて。名前も覚えていなくて」
「こちらこそ、自己紹介遅れました。高尾といいます」
「高尾さん。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
なんだか、コックさんなのにちょっと体育会系?わりとがっしりしている。
「弥生、この子が高尾の子だ。斗來って名前なんだそうだ」
「斗來君ですね。初めまして、よろしくね」
あ、黙ってる。ちらっとこっちを見たけど、無視して遊びだした。それも、おもちゃで静かに一人で。
壱弥はもともといた子と遊んでいる。斗來君はなじめないのかな?
「壱弥、斗來も混ぜてやれよ」
「うん!あしょぼ」
壱弥が誘っても、斗來君はその場にじっとしたまま。
「いいんです、一臣様。斗來は人見知りをするから、慣れるまでに時間がかかって。壱弥様も気になさらないでください」
「おい、高尾。ここでは壱弥様と呼ばないでもいいぞ。他の子みたいに壱君と呼んでいいからな」
「だったら一臣さんも、斗來君って呼ばないと」
「あ、そうだな」
他の子も君づけ、ちゃんづけで呼んでいるみたいだしね。このプレイルームでは、コックさんだからとか、従業員だからとか、そういうのあんまりないしなあ。普通に一臣さん、コックさんにお父さんの悩み事とか聞いてもらっているようだし。
「今日は奥さんは?」
「家事しています。斗來がいると掃除も洗濯もできないからって、追い出されたくちで。昼ご飯が出来た頃、帰ります」
「高尾は今日シフト休みか」
「はい。今日は休みです」
結局壱弥と斗來君はなじめず、一緒に遊ぶこともなくその日は終わった。12時になるちょっと前に奥さんが顔を出し、
「斗來、お昼できたから帰るよ」
と迎えに来た。
「あ、ママ」
斗來君はほっとした顔を見せ、すぐにママのもとに駆け寄った。
「香、こちらは…」
高尾さんが一臣さんのことを紹介しようとしたが、
「冷めちゃうから早く帰ってきて」
と、斗來君の手を取り、プレイルームをさっさとあとにして行ってしまった。
「す、すみません。挨拶もせず」
「ああ、いいから。別に気にしていないし。だいたい、奥さんはうちの従業員でもないんだから、気を使うこともないぞ」
「すみません」
高尾さんはぺこぺことお辞儀をして出て行った。
「さて、俺らもご飯かな。壱、潤君を連れていくか」
「あれ?そういえば、潤君のパパとママは?」
「潤君のパパは今日、休みじゃないから来ていない。ママは弥生が来るちょっと前に昼を作りに戻ったぞ」
「一臣さんにあずけて?」
「ああ、こういうこともよくある。さて、ママのところに行くぞ」
そうなんだ。そりゃびっくりだ。確か平日は両親働いているから、保育園に行っていて、お母さんとお父さんのシフトを交代して休んでいるって聞いたっけ。それにしても、一臣さんに預けていくなんて、ちょっとびっくり。
知らない間に、面白い関係性ができているんだなあと、つくづく私はびっくりしていた。




