三十四、上手く正しく愛せない
ラファエルは隣にいるリーサの方を見た。リーサの瞳に宿る覚悟を見て、そろそろリーサの方からダンスへ誘うのか、と思ったのが。
「リーサ様」
ラファエルの予想に反して、リーサへ先に声をかけたのはロジュであった。リーサは動きを止め、数回瞬きをした。
「なんでしょう、ロジュ様」
「少し、お話できますか」
「……。ええ。構いませんわ」
「では、少しお願いします」
ロジュはリーサを会場の外へと連れていった。ラファエルは着いていくかどうか迷ったが、ロジュが何も言わなかったということは着いていっても問題はない、と判断した。会場の一番近い個室に入る。リーサを椅子へと促したが、ロジュ自身は立ったままだ。本当にすぐに終わらせるつもりなのだろう。ラファエルは邪魔をしないように、扉の近くで静かに立つことにした。
「リーサ」
「何ですか?」
「俺は、お前と公式の場で距離を取ることが、お前のためになると思っていた」
ロジュの言葉に、リーサは目を見開いた。ロジュがいきなり自分の本心を伝えてくるのは想定外だ。
「そう、ですよね。予想はしておりました」
ロジュはリーサのことを公では「リーサ様」と呼ぶ。それに、学校以外の私的な交流を悟られるのを避けていた。ロジュのその行動は、リーサからの求婚から免れるための意味もあったであろう。しかし、それよりも、ロジュはリーサが選択を誤るのを憂いていた。
「お前の、俺への恋心が変わったとき、引き返せなくなってしまうだろう」
ロジュはリーサのことを嫌いではない。だからこそ、リーサを傷つけることが怖かった。ロジュがリーサへ恋愛感情を持つかも、と期待させておいて、自身が恋愛感情を持てないのも怖かった。リーサの気持ちが変わるのも怖かった。
「人の感情も、自分の感情も、どっちも怖い。だが、その俺の勝手な恐怖心で。先を見据えた独善的な振る舞いで。余計にお前を傷つけていたのなら、本当に申し訳ない」
ロジュはリーサに向かって頭を下げる。リーサは慌てたように立ち上がった。
「止めてください、ロジュ様。頭をお上げください」
リーサの言葉でロジュは顔を上げた。リーサは、目の前の藍色をじっと見つめる。
「謝らなくてはならないのは、私の方です。ロジュ様。私は貴方を手に入れたかった。だからこそ、手段を問うていませんでした。ロジュ様自身のことを考えず」
リーサは、外堀を埋めにいっていた。ロジュ自身は、リーサのことを心配していたが、リーサ自身はなりふり構わなかった。
「ごめんなさい、ロジュ様。申し訳ないとは思います。それでも私は貴方のことを諦められません」
それでも、リーサはこの目の前の人を諦めることができない。申し訳ない、とは思うが、リーサは簡単に折れる人間ではなかった。無言となったロジュに、リーサは微笑んだ。
「ロジュ様、これが私の恋です」
「簡単には、諦められないものということか?」
「ええ」
ロジュが困ったように視線を外した。少しの沈黙の後、ロジュが口を開いた。
「リーサ」
「何ですか?」
「お前の恋は、俺に何を求めている? 何を欲している?」
リーサは考えこんだ。緩やかなくせのある若緑色の髪に手をあて、少ししてから口を開いた。
「ロジュ様に、私を愛してほしいです。貴方の、唯一になりたいです」
「あい、か」
「はい」
ロジュは、愛という単語を酷く言いにくそうに口にした。リーサからの視線に気がつきながら、そちらに視線は向けない。
「リーサ」
「何ですか」
「俺以外の人間の方が、いいんじゃないか?」
ロジュの言葉に、リーサは傷ついたような表情をする。
「私では、駄目ということですか?」
そのリーサの様子を見たロジュは、慌てたように首を振った。
「違う。違うんだ。俺が、お前を幸せにできる自信がないんだ。お前の幸せは、愛されることなのだろう? 上手く、正しく、愛せるか分からない」
「違います。ロジュ様。上手な愛も、正しい愛も求めていません。ただ、貴方なりの愛が欲しいだけです」




