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三十二、ほしいもの

 お礼をリーサに伝えたラファエルは、視線を会場に移した。ラファエルは深紅の輝きを見つけた後で、リーサに再び話しかける。


「そういえば、リーサ様。ロジュ様がダンスに参加されるそうですよ」

「は? どこの女と、ですか?」


 リーサの声が一気に低められる。ラファエルは苦笑した。こわ、と言う本音が口からこぼれ落ちそうになったのを必死に堪えた。


「ソリス国で高貴な女性です」

「ねえ、誰なんですか? ラファエル様」


 少しロジュが誰の元に向かうのか待てば分かるはずなのに、リーサはラファエルに詰め寄る。ラファエルは嘘を一つも言っていないが、曖昧にして隠したがっているように見えるのだろう。そろそろ言ったほうがいい、とラファエルは感じた。周囲の目が、リーサとラファエルに集まりそうだ。


「落ち着いてください、リーサ様」

「これが落ち着いていられると思いますか?」


 リーサも視線を集めることは本意ではない。少し声は潜めたものの、厳しい視線は隠せていない。


「ロジュ様は、王妃様の元に向かっているんですよ」

「……。ラファエル様、揶揄いましたね」


 リーサは、少し顔を赤らめる。自分が取り乱したことに恥ずかしくなったのだろう。ラファエルは、生温かい瞳を向けたあとで、口を開いた。


「それでは、いいことを教えて差し上げます」

「なんですか?」


 ラファエルは、リーサにだけ聞こえるように、一層声を潜めた。


「最初、ロジュ様はリーサ様を誘おうとしていました」

「え……。本当ですか?」


 リーサが少しだけ頬を染める。その様子をみて、ラファエルは言葉を続ける。


「リーサ様以外、誘う人はいないっておっしゃっていました。それでも、同時にリーサ様を利用したくないとも考えていらっしゃいましたね」


 その言葉をきいて、リーサは苦笑する。リーサは、そういうときに自分をロジュが思い出してくれるのは嬉しい。しかし、ロジュはリーサを傷つけたくなく、変な期待をさせたくなく、リーサを誘うのを躊躇したのだろう。ロジュは、リーサに選択の余地を残そうとしている。リーサがロジュ以外の人間を選べるように。一時の恋心で冷静さを欠き、後にリーサが自分の首を絞めることがないように。


 ロジュは以前言っていた。感情なんてすぐに変わる、信用のできないものだと。ロジュはリーサの心が変わることを前提としている。だから、ロジュはリーサと一定の距離感を保とうとする。特に公の場では。


「ねえ、ラファエル様」

「何ですか?」

「私からロジュ様をお誘いしたら、応じてくださると思いますか?」

「はい。でも、リーサ様はそれでよろしいのですか?」


 今回のパーティーは、他国からも多くの人間が集まっている。そこでリーサの方からロジュを誘うとなると、リーサの片思いを世界中に広めているようなものではないか。


「構いませんわ。牽制になるでしょう?」


 ソリス国の王太子、という肩書きだけでも十分だが、成績優秀で、能力も高いロジュは、世界でトップクラスの優良物件だろう。ロジュはあまり本心を明かして長時間人と話すことがない。だから、ロジュの人となりはあまり知られていない。美しい容貌を持ちながら、口数が多くなく、表情の変化も少ないロジュは冷たい人物と推定されがちだ。


 しかし、ロジュの人を気遣う優しさや親しい人の前では意外に変わる表情を知られてしまえば、きっとロジュを放っておかないだろう。


 だからこそ、リーサは自分の片思いが何人に知られようとも、行動する。それがリーサにできる最良の手だ。


「私は、どんな手段を使っても、ロジュ様を手に入れたいのです」

「すごいですね」


 はっきりと言い切るリーサに、ラファエルは感嘆の声を漏らす。リーサは、ニコリと微笑んだ後に、ラファエルを見つめた。


「ラファエル様は、どんな手を使ってでも手に入れたいものはないのですか?」

「ありますよ。もう、手に入れました」


 ラファエルは、当然のようにそう言った。リーサは橙の瞳を瞬かせたが、すぐに納得したように頷いた。


「愚問でしたね。貴方は、ロジュ様の側近という地位を手に入れましたもの」

「はい。そうです。……手段を全く選びませんでしたけど」


 最後の言葉はリーサに聞こえないくらいの小声で呟いた。リーサには届かなかったようで、訝しげにラファエルを見る。


「……? 最後に何かおっしゃいました?」

「いえ、何も。リーサ様、応援しております」

「ありがとうございます」


 二人とも、少し遠くで王妃へ話しかけているロジュを見守る。どうか、ロジュが傷つく結果にはなりませんように。


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