三十一、向き合う
「ロジュ様」
「なんだ?」
会場へ戻る道中、ラファエルがロジュの名を呼ぶ。ロジュは視線を向けながら返事をした。
「誰をお相手に誘うのですか?」
「……。ラファエル、お前分かって聞いているだろう」
「リーサ様ですか?」
「やっぱり分かっているじゃないか。俺が他に誘える相手いないだろう。でも、リーサに頼むのもな……。あいつを、利用したくない」
リーサからの告白を保留にした状態でダンスに誘うのも不誠実な気がする。だからといって他に誘える人間もいない。ロジュはため息をついた。リーサの好意を利用するようで嫌だ。彼女の気持ちを軽々しく扱いたいわけではない。それ以外相手はいない。
「もう一人、貴方が誘える方がいらっしゃいますよね?」
ラファエルは確信に満ちた表情でロジュに言う。ロジュは戸惑いを浮かべる。
「誰のことだ?」
「グレース王妃様に頼めばいいではないですか」
ロジュの母親、グレース・ソリスト。ロジュはほとんど話したことがない。
ロジュの母親は藍色の瞳をしたロジュを生んですぐに、ロジュを見て泣いたという。彼の瞳を直視せず、触れることさえなかった。そして彼に会いに行くことはほとんどなかった。
だからこそ、ロジュはずっと母親は自分のことを嫌っていると思っていた。しかし、それは本当なのだろうか。また、ロジュの対話不足による勘違いではないか。
ロジュは何度も学んだ。勝手に決めつけて、そうではなかったことを。
ロジュに話しかけたい人間は誰もいないと思っていたけど、ラファエルがいた。他にも話しかけてくる人がたまにいる。
派閥の人間も、ロジュ・ソリストという人間そのものには興味がない、と勝手に思っていた。それでも、ラファエルの先ほどの話を聞く限りはそうではなかったようだ。これも会話をしてみないと真実は分からないが、ロジュの勘違いである可能性は高そうだ。
「そう、だな。そうするか」
ロジュは自分の母親と向き合う決意をした。会話をしてみないと、きっと分からない。ロジュの藍色に宿る色をみて、ラファエルは微笑んだ。
「リーサ様と踊るのは、ウィリデ様が見ているときの方がいいんじゃないですか?」
「そうだな。そっちの方がウィリデは喜ぶ」
ラファエルは、穏やかに笑うロジュを見て瞠目した。ロジュは、ウィリデが自分のことを大切に思っているということを受け入れている。前までの躊躇いも怯えも持ち合わせていない。ただ、その事実を受け入れている。
「ロジュ様、変わりましたね」
「お前達のおかげで。嫌か?」
「まさか」
ロジュとラファエルは顔を見合わせて笑う。変化はきっと悪いことではない。成長、といえるだろう。
「ロジュ様、先ほどから言おうと思っていたのですが、そちらの服もお似合いです。では、ダンスのお誘いを頑張ってください」
ラファエルは、アーテルと話す前に着替えたロジュの服を今更ながら褒める。白い正装から着替えたロジュは、彼の瞳のような藍色が所々に装飾されている正装であった。ロジュはラファエルに向かって微笑む。
「ああ。行ってくる」
緊張を見せず、ロジュは会場に歩みを進める。ラファエルは途中までロジュについていっていたが、見慣れた橙色の瞳が心配そうにロジュの方を見ているのに気がつき、ロジュに声をかけてから、そちらへと向かった。
「リーサ様」
「ラファエル様、ロジュ様は大丈夫でしたか?」
ロジュがワインを被ったのを見ていたのだろう。リーサの瞳が不安げに揺れているのを見て、ラファエルは安心させるように微笑んだ。
「大丈夫ですよ」
「それならよかったです」
そう答えた後に、リーサは笑みを消した。その瞳が異様に鋭いことで、ラファエルは顔を引き攣らせて一歩下がった。
「ところで、ラファエル様。ロジュ様とアーテル殿下は長い時間、一緒にお席を外されていたようですが、何かご存じですか?」
「知ってます。でも、何を話していたかは言えません」
リーサはじっとラファエルを見つめるが、ラファエルは首を振った。リーサには話せない。彼女は何も知らないのだから。
「お願いします」
「申し訳ありません、リーサ様。少なくとも僕の口からは言えません」
ラファエルの固い意思を感じたのだろう。リーサは諦めるようにため息を吐いた。
「それなら仕方ありません」
「ご容赦ください、リーサ様。一つ言えることがあるとすれば、ロジュ様とアーテル様は二人きりではありませんでした」
「『アーテル様』って言いましたね? なるほど。貴方もいたんですね」
ラファエルは多くを語らなかったが、リーサは勝手に納得した。最初の方は二人きりだったとか、途中からウィリデもいたとかはわざわざ言う必要はない。ラファエルは笑みを浮かべるに留めた。ウィリデもいたことはどうせ1時間後には気がつくだろう。
「まあ、お二人が婚約なさるわけではないですよね」
リーサは笑いながらそう言った。リーサにしてみれば冗談のつもりだったが、ラファエルはリーサから目を逸らした。その反応が予想とは違い、リーサは瞳を瞬かせた。
「え、ラファエル様。なんですか、その反応」
ラファエルは軽くため息を吐いた。婚約の話を出すから、動揺してしまった。実際にはロジュではなくウィリデだが。
「何でもありません」
「教えてください」
リーサは食い下がるが、ラファエルは首を振った。こんな誰が聞いているか分からない場で軽率に口にできない。ラファエルは身をかがめて、リーサの耳元に顔を寄せた。
「1時間、お待ちください。きっと、そこで分かります」
「……。かしこまりました」
リーサは、あまり納得をしていなさそうであったが、しぶしぶといった様子で頷く。ラファエルは安堵して柔らかく微笑む。
「ご理解いただき、ありがとうございます」




