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三十、これ以上望まない

「じゃあ、ラファエル。会場に戻るぞ。パーティーを三十分引き延ばさないといけないのだから」

「はい。分かりました、ロジュ様。どうやって引き延ばしますか?」


 ロジュがラファエルに声をかけて椅子から立ち上がる。ラファエルも続いて立ち上がりながら、ロジュへ尋ねた。

 ロジュは少し苦い表情を浮かべて答える。


「方法は一応ある」

「何ですか?」

「俺がダンスに参加すると言えば時間は延びるだろう」


 ロジュの言葉に、ラファエルが瞳を輝かせた。


「ロジュ様、今まで公の場で踊ったことないですよね?」

「ああ。だから注目は引けるし、時間は延びるだろう」


 ロジュは自分という存在自体を上手く利用する。自分を見世物のように扱うことを躊躇しない。今まで公の場で踊ったことがないソリス国の王太子がダンスに参加すれば盛り上がるし、話題として提供できるだろう。パーティーがより盛り上がれば、時間を延長しても不自然ではない。


「えー、いいなー。私も見たい」

「婚約の話を短時間でまとめることに集中してくれ」


 羨むウィリデだったが、ロジュはそれならさっさと話をまとめろと言う。ウィリデは少し考え込んだ後、服のポケットから何かを取り出した。


「ラファエル、これでロジュのダンスを記録しておいて」

「……? 何ですか、これ」


 ラファエルは首を傾げながらウィリデから差し出されたものを受け取る。それは透明のケースに入ったアクセサリーだ。ペンダントのようだ。大きな宝石のような石がついている。その色は深緑で、ウィリデの髪色に近い。不思議そうな表情のラファエルの視線を受けて、ウィリデは笑みを浮かべた。


「カメラってあるでしょう? カメラは止まっている画だけど、これは動いているものを記録するルクスだよ。最近、時間があったから作ったんだ」

「そんな貴重なものを、こんなことで使おうとするなよ」


 呆れた声をロジュは出すが、ウィリデは笑みを浮かべたままだ。そんなウィリデにアーテルが声をかける。


「ねえ、ウィリデ。それ、今度私にも見せてね」

「ああ、勿論」


 このウィリデを止めることはできないだろう、と判断したロジュは諦めて部屋の出口に向かう。


「……。行くぞ、ラファエル」

「あ、待ってください、ロジュ様。ウィリデ様、使い方は?」

「その透明な箱から出すだけで記録が始まる。箱に戻せば記録は止まる」

「分かりました。お預かりします」


 使い方を聞いたラファエルもロジュの後に続いてくる。ロジュは部屋のドアノブに手をかけた。


「ロジュ」


 ウィリデに呼び止められて、深紅の髪を揺らしながらロジュは振り返る。ウィリデはいつも以上に優しげな笑みを浮かべてロジュを見つめていた。


「ありがとう」


 改まってウィリデはお礼を言う。ロジュは少し首を傾けたが、すぐに口元に笑みをのせた。


「ウィリデ、頼むから幸せになってくれ」


 ロジュはそれだけを言うと、部屋から出て行った。ラファエルも続いて部屋から出て行く。ウィリデとアーテルだけが残った部屋でウィリデは呟く。


「私は、ちゃんと幸せだよ。アーテルに会えて、ロジュに会えて。これ以上、何も望まない」


 別に時が戻る前の記憶をロジュに取り戻してほしい、なんて思っていなかったはずだった。それでも、あの時の記憶を持ったロジュに会えた。記憶を持ったアーテルにも会えた。これ以上、何を望むというのか。ウィリデは、幸せだ。

 アーテルがそっとウィリデの頬に手を伸ばす。ウィリデ自身は自分の頬が濡れているのに気がついていなかった。アーテルは優しく水を拭う。しばらくの間は静寂が部屋を支配していた。



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