二十九、思っているよりも
「ロジュ様、ずっと中立派にいた僕がなんでここまで知っていると思いますか?」
「お前が調べたんじゃないのか?」
ロジュの回答に、ラファエルが首を振る。その動きに合わせて桃色の髪がふんわりと揺れた。
「違います。僕がロジュ様の側近になると教室の中で宣言した後に第一王子派の貴族から言われたんです。ロジュ様の顔に泥を塗るなよって」
ラファエルから調べたわけではない。ラファエルの知り合いの第一王子殿下派に所属している貴族が、ロジュのことを褒め、ラファエルにロジュの名を汚すようなことはするな、と忠告をくれたのだ。ラファエルはロジュの名を傷つける気はなかったので、素直に頷いていた。
ロジュは藍色の目を見開いた。ロジュは知らなかった。自分の派閥の人間は利害関係が一致しているだけであり、ロジュ自身に何の感情も持っていないと思っていた。呆然とするロジュをラファエルは優しく見つめる。
「ロジュ様。貴方が思っているよりも貴方の慈悲深さに気がついている人間はいるんですよ」
ロジュは黙り込んだ。少し考え込んだ後にゆっくりと口を開く。
「俺は……。何も見えていなかったんだな。俺自身に興味はないだろうと決めつけていた。知ろうともしなかった」
愕然とした様子のロジュにラファエルは困ったような表情を浮かべる。ラファエルはロジュを責めるつもりは全くなかったが、ロジュはそう受け取ってしまったかもしれない。
「それでいいんじゃない? ロジュは今、知ったわけだし。過去は変えられない、変えられない……? うん。まあ、基本的には変えられないから未来を変えたらいいし」
過去は変えられない、と言おうとしたウィリデであったが、実際に時間を戻したアーテルとロジュの前でこの言葉を使うのが正しいか分からなくなり、途中で首を傾げた。それでもウィリデはとりあえず自分の言いたいことを言い切る。
その様子を見たアーテルは思わず苦笑した。常識を壊してしまうと、話がややこしくなるらしい。
「まあ、それは後で考えたらいいか。今はとにかく罠の話だな」
証拠が残っていない犯人に、自分が犯人だと罪を認めさせるにはどうしたらいいか。
話し合いは長時間にわたったが、策は講じることができた。後は実行に移すのみ。
「向こうがこちらの想像を超えてきたら詰みだな」
最後にロジュが呟く。その言葉にその場にいる全員が苦い表情を浮かべる。少なくとも、密輸事件においては明らかに向こうが上手だった。
「でも、負けるわけにはいかないよね」
ウィリデの言葉にロジュが頷く。この場を緊張感が支配していることを知っているのは四人だけだ。ロジュが時計を確認する。
「そろそろ戻らないと不味いな」
結構長い時間会場を開けていた。ロジュだけでなく、ロジュの補佐であるラファエルも不在の状況。ロジュの元に人が来ていないということは何も問題は起きていないと思うが、戻った方が良さそうだ。
「ついでだ。パーティーの最後に発表しておくか?」
「何を?」
ロジュが唐突にアーテルとウィリデへ視線を向ける。ロジュが何を言いたいかが分からず、アーテルは首を傾げた。
「二人の婚約発表」
ウィリデが呆気にとられたようにロジュを見つめる。一方でアーテルは顔を輝かせた。
「いや、流石に今日は」
「それ、いいわね!」
反対の返事をする二人を見て、ロジュは軽く笑う。
「それで、どうするんだ?」
そう聞きながらも、ロジュは分かっていた。折れるのはウィリデだ。
「ねえ、いいでしょう? ウィリデ。今から私のお父様とお母様に会いに行ってそのまま発表しましょうよ。こういうのは早いほうがいいわ」
「いや、でも……。流石に今日発表は……」
「ウィリデ、私はもう嫌なの。貴方と結婚できずに死ぬのも、貴方に死なれるのも絶対に嫌。ねえ、ウィリデ。お願い」
「……。分かったよ」
ロジュの予想通り、折れたのはウィリデであった。アーテルの勢いの強さを感心しながらラファエルは眺めている。アーテルの純粋さは王妃には不向きかと思っていたけれど、この勢いで説得する手腕があれば問題はなさそうだ。
「ロジュはいいの? ロジュの王太子を祝うパーティーでしょう?」
「俺が気にすると思うか?」
「ロジュは気にしないだろうけど……。本当にいいんだね?」
「さっさと発表して横槍が入らないようにした方がいいだろう?」
「それは確かに……」
ウィリデがロジュを気遣うように様子を窺うが、ロジュは特に気にした様子はなさそうだ。あっさりと返事をし、むしろ今日発表する方がいいという。
ウィリデは覚悟を決めた。今日いきなり婚約発表をすることを。正直、当日中に発表とか意味が分からないが、アーテルが強く望むのなら、ウィリデは拒めない。そしてこのパーティーを取り仕切っているロジュも乗り気となると、本当に拒む方法がない。
「時間がなくて申し訳ないが、三十分、いや、一時間で足りるか? 一時間後に発表を設けるから、アーテルの両親も交えて話をまとめてくれ」
「無茶言うね……」
ウィリデが困惑した声を出す。それでもロジュは何の疑いもない眼差しをウィリデへと向ける。
「できるだろう?」
「……。分かった。やるよ」
ウィリデは、その信頼に満ちあふれたロジュの言葉を否定できない。彼の疑いがなく、純粋なまでな眼差しを振り払うことができない。ウィリデには頷くという選択肢しかなかった。
ラファエルは話を聞きながら、一番不憫なのはアーテルの両親じゃないか、と考えていた。自分の娘がいきなり他国の王と婚約すると言い出すのだから、意味がわからないだろう。しかも、発表を一時間後にするというと、何か焦る理由があるのか、と勘ぐりそうだ。
それでも、なんとかなるだろう、と同時にラファエルは考えていた。アーテルの熱意を見れば、反対はきっと無理だ。しかも、娘に甘い両親だ。いきなり旅にでると言い出した娘を止めなかったのだから、今回の件も困惑しながら了承するのだろう。




