二十八、最大限の配慮
「罠を、張るか」
ロジュが呟いた。そんなロジュをギョッとした目でアーテルが見つめる。
「ロジュ、危険なことをする気?」
「必要であれば」
アーテルはロジュを心配そうに見つめるが、ロジュはあまり表情を変えない。視線をウィリデとアーテルの方へ向けた。
「止めるなよ。『対等』っていう約束だろう?」
アーテルは諦めたように頷く。ウィリデは意外にも躊躇を見せずに頷いた。
「分かっているよ、ロジュ」
珍しく止めようとしないウィリデに、ラファエルは不思議に思った。
「ウィリデ様が止めようとしないのは、珍しいですね」
「私だって、自分の言葉には責任は取るさ」
対等でいこう、というのはウィリデからロジュへ言い出したことだ。ウィリデが囲い込むようにロジュを守るのは違う。ロジュの意志を尊重しなくてはならない。
「その代わり、計画の立案も実行も関わるからね」
自分が知らないところで計画を実行するのなら、ある程度の危険は承知の上で自分の目の見えるところでやってほしい。そんなウィリデの思いが透けていて、ラファエルは苦笑した。ウィリデは対等だと言いつつも、過保護にする癖が抜けきらない。それでは、今までと何も変わっていないか、と言われるとそうではない。対等を意識して行動することで、少しは変わる気がする。それに、ロジュにはウィリデくらいわかりやすく心配して、案じてくれる人間が必要なんじゃないかな、とラファエルは思う。
ロジュの両親、この国の王と王妃は、ロジュのことを信頼しすぎている気がする。ロジュなら、大丈夫という信頼があって、ロジュを放任してきた。会話をしてこなかった。心配している、とロジュに伝えなかった。
信頼が伝わっていなければ、ただの放置になる。
ラファエルはため息をついた。ロジュは最近家族との仲はどうなのだろうか。クムザがシルバ国の動物密輸事件の犯人であると目星はつけていたとしても、家族の裏切りと言えるような行為に傷ついていないだろうか。
「どうした、ラファエル」
暗い表情を浮かべたラファエルに、ロジュが気づき声をかける。ラファエルは視線をゆっくり左右に動かした後に口を開いた。
「ロジュ様は、クムザ殿下の行動に裏切られた、と感じていないのですか?」
ラファエルの言葉に、ロジュは藍色の目をパチリと瞬かせた。考えてもいなかった、という表情だ。ロジュは言葉を詰まらせた後に、口を開いた。
「裏切られた、か。思ってもみなかった。そうか。普通は、そう思うのか……」
ロジュは少し考えた後にラファエルを見た。その表情は諦めを含んでいる。
「俺は、裏切られたとは思わなかった。だって、最初から期待も信頼も、置いていないんだから」
ロジュのその諦めたような表情は、人に対して簡単に信頼も期待もしない自分に対してなのだろう。暗い表情へとなりそうなロジュに向かって、ラファエルは微笑んでみせた。
「ロジュ様が傷ついていないのであれば、何の問題もありません。警戒心があるのはいいことだと思いますよ」
「でも、実の妹だぞ」
「ロジュ様の妹という幸運な立場に生まれておきながら、その幸運を理解していない人は、警戒するに値しますよ」
不敬になりそうなことを躊躇わずにラファエルは口にする。ロジュは思わず笑みがこぼれていた。
「ラファエル、お前、本当に遠慮しなくなったな」
「はい」
ラファエルは笑みを強める。そしてロジュに向かって告げる。
「ロジュ様、僕は知っているんですよ」
「何をだ?」
「貴方なりに妹も弟も大事にしていることです」
ロジュは輝かんばかりの笑みを浮かべるラファエルから目を逸らした。少し言いにくそうにしながら言葉を発した。
「別に、そんなことは……」
「ロジュ様は、テキュー殿下と違って派閥の統制をしっかりしていましたね」
ラファエルは急に派閥の話を始めた。派閥。それは王位継承争いのときに存在していた。王位継承者が決まった今ではなくなったも同然だ。
テキューは派閥を放っていた。好きなようにさせており、あまり関与はしていなかった。おそらく、派閥の筆頭であったスカーレット公爵も同様。彼はスカーレット公爵家が力を持ちすぎることを恐れ、王位継承争いに手を出したがらなかった。
それに対し、ロジュは常に監視をしていた。勝手な行動をしないように。
「ロジュ様のおかげで暗殺者に狙われない安寧を享受していたことを、テキュー殿下もクムザ殿下も果たして気がついているのでしょうか」
ロジュは虚を突かれたように藍色の瞳を見開いた。自分の行動を気がつかれているなんて、思ってもみなかったのだろう。
「ロジュ様の元へはあんなにも暗殺者が絶えなかったというのに。テキュー殿下やクムザ殿下はほとんどないですよね」
ラファエルはほとんど知っているようだ。ごまかしても意味をなさない。ロジュは口元を緩めた。
「俺のできる範囲だけだ。それに、別にテキューやクムザを愛しているからの行動じゃない。派閥を統制する評価があると知らしめるためだ。他にも思惑があってやっていることだ。純粋な善意じゃない」
別にロジュは二人を愛しているからの行動ではない。そこまで感情を重視した行動ではない。合理的であっただけだ。派閥を統制しているという証拠になる。余計な恨みを買わずにすむ。もし、自分に何かあって王になれなかった場合の代わりが必要だ。少しの情があったのは事実だが、それ以上に計算があった。だからこそ、ロジュの派閥に属している人間には命じてあった。テキューやクムザを排除することは絶対にしないように、と。
「勿論、善意だけでないというのは承知の上です。それでも、別に命じる必要も気にする必要もそんなになかったはずです。特にクムザ殿下は。あのお方は王位継承権を放棄なさっているのですから」
テキューはともかくとして、クムザは狙われる可能性が少なかった。王位継承権を放棄していることは公表はしていなくてもソリス国内では知れ渡っている。クムザを狙う人間は、王位継承権を放棄したあとにそれを撤回することを恐れた人くらいだろう。あまり多くいるとは考えられない。
それでも、ロジュはクムザを本人の知らないところで庇護していた。それは、ロジュなりの、ロジュにできる最大限の配慮だったのではないか。ラファエルはそう考えていた。
「あいつらは俺に比べて弱いだろう。それにあいつらもソリス国民だから守る対象だ」
ラファエルから綺麗な薄紫色の瞳で見つめられたロジュはそう答えた。はっきりとは言わないが、ラファエルの予測は当たっているのだろう。ロジュなりの、弟と妹への気遣いだ。




