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二十七、異質な

「それで話が逸れたね。何でシルバ国が鎖国したか、だっけ?」


 ウィリデが口を開いた。アーテルの話になっていたが、元々はアーテルがウィリデに鎖国の理由を聞いていたはずだ。


「ええ。教えてくれる?」

「いいよ」


 ウィリデは教えることにしたようだ。目を伏せたまま頷いた。彼の口から語られるのは、以前ロジュに話したことと同じ話。シルバ国の動物が密輸されたこと。原因を突き止めるために鎖国したこと。そして、密輸をするように教唆した人物がいるはずだ、ということ。


「そう、だったのね」


 アーテルは、驚いたような表情のまま、こぼれ落ちるように声を出した。思っていた以上に深刻な状態であったシルバ国を憂う表情だ。視線を伏せながら、アーテルは口を開いた。


「今はもう大丈夫なの?」


 その質問は、ロジュが密輸事件をウィリデから聞いた時の質問と同じだ。ウィリデは口元を緩ませながら言う。


「動物の数が完璧に元通り、というのはできないけど、密輸後の量よりは増えてきたかな」


 アーテルはそれを聞いて安堵の笑みを浮かべる。すぐに元通り、とはいかないだろう。それでも解決へと向かっているのならよかった。


「それで、なんで鎖国を辞めたの?」


 アーテルからの問いかけに対して、ウィリデが嬉しそうにロジュの方に視線を向けながら口を開いた。


「ロジュがシルバ国まで来てくれたからね」

「父上に命じられたからだ。流石に独断で勝手な行動はできない」


 ウィリデは他国に対し、「物流業者も含めた全ての者のシルバ国へ全ての出入りを禁じる。例外は認めない」という趣旨の書面を送っていた。それはソリス国も同様。


 本来であれば、ロジュがシルバ国に足を踏み入れた時点で、それを破ったこととなる。ウィリデからの書面に法的な力は持たないから、罰せられることはない。しかし、書面は警告だ。その警告を無視した場合、いきなり攻撃をされても文句は言えない。


 しかし、五年鎖国を続けたシルバ国の状況を、ソリス国王、コーキノは不審がっていた。だからこそ、息子のロジュを送り込んだ。


 ロジュにシルバ国の様子を見に行かせることで、シルバ国の現状を知ることができる。また、ウィリデがロジュに対して攻撃をすることはないだろう、とコーキノ国王は計算していた。また、ロジュがウィリデと連絡が取れないことに不安や焦りを覚えていたことに、コーキノ国王は気がついていた。だからこそ、ロジュに行かせた。そのことまでロジュは気がついていない。



「アーテル、聞きたいことがあるんだ」

「何かしら?」


 ロジュが急に話を振ってきたため、アーテルは首を傾げた。ロジュは考えるように目を伏せた後、真っ直ぐにアーテルを見つめる。その藍色は鋭い色を帯びていた。


「五年くらい前。トゥルバ国で、不自然な子どもを見なかったか?」

「不自然な、子ども?」

「十歳くらいで、容貌を隠すような格好をした人物」


 ロジュが言った言葉で、ラファエルが納得した表情を見せる。ロジュが誰のことを探りたいのか分かったからだ。その人物は、以前ロジュがラファエルに探るように言った人物であろう。


「なんで、ロジュがあの子のことを知っているの?」


 アーテルは瞳を揺らした。思い当たることがあったのだろう。ロジュは口の端を持ち上げるようにして笑った。あたりだ。これで、シルバ国の動物密輸事件の犯人が分かった。


「それは、どんな子だったの?」


 ウィリデは、なぜ急に子どもの話をしているのかは分かっていない。それでも、無関係でないことは分かったため、アーテルへ尋ねる。


「その子は、不思議な子どもだったわ。ロジュの言う『不自然』というのがぴったりだった。トゥルバ国の貧民街にいながら、妙に上質な生地を使った服を着ていたわ。無邪気にいろんな人に声をかけていたけど、顔は見せていなかった。深いフードをかぶっていたから。でも、フードから覗く暗めの赤い瞳が印象的だったわ」

「待ってくれ、容姿を隠した、()()()の少女?」


 その人物をロジュが提示した、というのが答えを導いた。ウィリデは誰のことを言いたいのかを理解したが、その声は震えている。ウィリデは強張った表情で口を開いた。


「ロジュの予想だと、その少女はクムザ・ソリストっていうことだな?」


 赤い瞳は、ソリス国において大きな意味を持つが、赤い瞳を持つ人物は少なくない。王族特有のものではなく、一般人でも赤い瞳を持つ人はいる。「王となるものは赤の瞳を持つこと」という慣習は、「赤い瞳を持つ者は王となれる」というわけではない。


 だから、赤い瞳であるからといって、王族と決めたわけではない。赤い瞳というのは、材料の一つだ。それ以上にロジュが「子ども」と年代を特定したこと、「容貌を隠す」を強調したことだ。そこから、ウィリデはクムザを導き出した。


「ああ」


 ウィリデの推測に、ロジュはあっさりと頷いた。それに、ウィリデは目を見張った。


「当時十歳の子どもが? それこそ誰かに唆された、とかじゃないか?」


 信じがたい。幼い子どもがシルバ国の動物密輸事件の全てを計画しただなんて。動揺するウィリデに、ロジュは苦笑をした。


「俺だって最初は可能性の一つ、としか思っていなかった。でも、よく考えてくれ。ここまで情報が出ていない、ということは黒幕本人が動いただろう。人を介せば、情報はどこかで掴めるはずだ」


 ウィリデも、ロジュも情報を掴んでいない。情報を掴みにくい、ということは関わった人物は最小限なはずだ。つまり、自身が動いていたと考えられる。再びロジュが口を開く。


「そして、黒幕に唆された人物たちは、黒幕がいると思っていない」


 これが異常だ。実行犯たちは、自分の意志で動いたかのように考えていた。命令や指導者はいない、と口をそろえて言う。それはウィリデが調べた上で分かったことだ。その結果について、ウィリデとロジュは今までは、相当黒幕への忠誠心が強いか、存在を知らないほど人を介している可能性を考慮していた。


 しかし、まだ可能性はある。黒幕の存在を知らないどころか、自分の意志だと本気で思っていたとしたら、それはなぜか?


 巧妙に。幼い少女の無邪気な発言によって自分が考えたかのように思っていたとしたら。


「なるほどね」


 ウィリデはため息をついた。黒幕は大人だと思い込んでいた。当時十歳であった少女が犯人、という可能性は考えもしなかった。


「それに、俺とテキューの妹だぞ? ……。まともな人間なはずがない」


 ロジュは断言をした。その言葉に強い説得力を感じ、ウィリデは黙り込んだ。ウィリデに強い執着を見せるロジュと、ロジュに強い執着を見せるテキュー。その妹であるクムザが、誰かへの執着を強くもっており、その執着が何らかの形でシルバ国を攻撃するに至ったとしたら。あり得る話だ。


「ロジュの妹がまともな人間である可能性もあるとはおもうけど……。それでも私が見た子どもがクムザ殿下であるとするなら、彼女は異質だと言えるわ。闇が蔓延るあの場所で、無邪気に成長するなんて、できるわけがないもの。ちなみに声をかけたんだけど、逃げられてしまったわ」


 アーテルはその少女が異質に感じたという感想をこぼした。そして、アーテルから逃げたということも。

 アーテルは、そんな長時間その子どもをみたわけではない。それでも、記憶に残るほどの異質さ。それをその子どもは持ち合わせていた。


「ラファエル、前クムザを調べるように言ったけど、なんか情報は出たか?」


 ロジュからの言葉にラファエルは首を横に振った。薄紫色の瞳を伏せながら口を開く。


「申し訳ありません。クムザ殿下であるという確固たる証拠は見つけられていません」

「まあ、そうだろうな」


 時間が経ちすぎている。五年前の証拠がそう簡単に出てくるとは思えない。ロジュは予想できていたため、頷いた。


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