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二十三、救われた気分

「ロジュ様、お聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」


 様子を見守っていたラファエルが口を開いた。ロジュはラファエルへと視線を移す。


「なんだ?」

「ロジュ様、貴方が払った代償はなんだったんですか?」


 ラファエルは、前置きもなく核心をつく。ロジュとアーテルが表情を強張らせた。その様子を見た、ウィリデが首を傾げる。


「なんの代償だ?」

「ウィリデ様、思い当たらない振りなんてしなくて構いませんよ。本当は分かっているのでしょう?」


 ラファエルは真っ直ぐにウィリデの方を見つめる。ウィリデは、ラファエルからの強い視線を受けて首を振った。


「別に、私は全知全能ではないのだが……」

「結局のところ、貴方の予想が当たっていたのではないですか? 前に言っていたじゃないですか。ロジュ様の記憶が抜けている部分があるのは、何らかの代償じゃないかって」


 ウィリデの言葉をあまり聞く気がないように、ラファエルは遮るような勢いで言う。ラファエルの言葉をきいて、ロジュが目を見開いた。ウィリデは困ったような表情で、深緑の髪を軽くかきあげた。


「ただの推測って言っただろう?」

「変な謙遜は要らないです」


 淡々と話すラファエルは、ウィリデから外した視線をいつも以上に鋭い薄紫色の瞳をロジュへと向ける。通常、ラファエルがロジュにこんな眼差しを向けることはない。しかし、ロジュがそのことを気に留める様子もなかった。


「ロジュ様、お教えください。貴方は何を犠牲にしたのですか? 時を戻すために」


 ロジュは、ふう、と息を吐いて、天井を見上げた。姿勢を戻すと、ラファエルの方を見た。


「どこまで知っているんだ?」

「僕は、粗方の事情はアーテル様に先ほど伺いました」

「だから、途中までいなかったんだな」

「はい」


 ラファエルはいつになく真剣な眼差しでロジュを見つめる。ロジュはその眼差しに耐えきれなくなり、口を開いた。


「俺は、自分の記憶だ。時間がまき戻る前の記憶と、時間がまき戻った後の気に留めなかった記憶。だから俺の記憶は穴が空いているかのように抜け落ちている代わり、知識は抜けなかった。そして、それはウィリデ陛、ウィリデと会って解消した」


 いつものようにウィリデ陛下、と言いかけたロジュはウィリデ、と言い直す。少しだけ、ウィリデの名前を呼ぶときに、くすぐったそうな顔をしていた。

 しかし、ラファエルその表情に気を取られている暇はない。厳しい表情のまま、ロジュへ問いかける。


「それでは、アーテル様とお会いしたことで、全ての記憶を取り戻した、ということですか?」

「ああ。大体そうだ。正確には、アーテルの手に触れたときだ」


 ロジュはそこまで話したあと、ラファエルの方を窺うように見た。その表情はどこか不安げだ。


「ラファエル」

「何ですか? ロジュ様」

「幻滅したか?」


 ラファエルは急なロジュの言葉に首を傾げる。意図が読めない。どうしてそういう話になったのか。どうして急にそんなことを言い出したのか。


「何に対して、ですか?」

「俺にだ」


 ロジュの言葉が端的すぎて、全く伝わってこない。ラファエルは、しばらく黙ってロジュを見つめていた。その後、ラファエルは軽く首を振った。


「何にも、しておりません」

「俺は、思い出したぞ。お前のことを」

「え……」


 ロジュが忘れた、思い出せない、と思っていたラファエルとロジュの出会い。それを、ロジュは思い出したのだ。

 ラファエルは頬を少しだけ赤らめた。恥ずかしい。ラファエルにとっては、忘れたい時代だ。


「あんなに冷めた顔をしていた子どもがこんな表情をするようになったとはな。最初は同一人物だと分からなかった」

「うう……。忘れてください。というか、そんなに冷めた顔をしていました?」

「ああ。突っかかってきた貴族をどうやって仕返しをするか考えているのに、なぜか好戦的ではなかった」

「そうでした?」


 ラファエルは、自分がそのときそんなに表情を見せていたか、疑問だった。もっと、自分は無の表情をしていると思っていた。


「でも、その薄紫色の瞳は変わっていない。お前と別れる直前、その瞳に強い意志が宿ったことは興味深かった気がする」


 懐かしげに言うロジュに、ラファエルは微笑んだ。


「思い出してくださり、ありがとうございます。意志、ですか。嬉しいです」


 その意志、というのはロジュのために生きるという意志だろう。そこまではロジュは気がついているのだろうか。口元に笑みを浮かべたラファエルとは対照的に、ロジュは目を伏せた。


「なあ、ラファエル。俺は。忘れていなかった。忘れていたのは、代償のせいだ。前、お前は言っていたよな? 俺が、忘れていることに価値があると。では、覚えている俺はどう思うんだ?」


 ロジュからの言葉に、ラファエルは呆気にとられたようにロジュを見つめた。ロジュがそんなラファエルの取るに足らない言葉まで覚えているとは思っていなかった。だからこそ、ラファエルは反応に遅れた。


「……。ロジュ様、覚えていてくださったんですね。それは嬉しいのですが、その質問の答えは言うまでもありません。今までと、何も変わることはありません。覚えていなかったとしたら、以前申しましたように、ロジュ様にとって意識を向けるほどのものではなかった、と納得します。覚えていらっしゃったとしたら、ロジュ様の記憶に残ったことで嬉しく思います」


 そこまで言って、ラファエルはロジュに向かって笑みを浮かべた。彼の忠誠心はそんなことで揺らいだりしない。それを伝えるために、ラファエルは意志が宿った瞳をロジュから逸らさなかった。


「あり、がとう。ラファエル。あの時の俺の言葉がお前にとって役に立ったというなら、それでいい」


 ロジュはラファエルからの視線から目線を外しながら、少し言葉を詰まらせるようにして言った。


「ロジュ様、僕が貴方に対して失望することは何も、ありません。例え世界中の人間が貴方を批判したとしても、僕は貴方を裏切りません」


 それは、ロジュが太陽を堕としたことに対してであり、そして時間を戻したことに対してでもある。決して、褒められたことではない。それでも、ラファエルはロジュを糾弾する気はない。ラファエルは、ただ起こるべくして起こったことである、と考えている。


「お前は、本当に……」


 ロジュは呆気にとられたようにラファエルを見つめた。ラファエルは全てを語ったわけではないが、ロジュは言わんとすることが伝わったのだろう。ロジュは口元に笑みを浮かべた。


「本当に、ありがとう。ラファエル」

「僕は何もしていません。本当に、何も」


 ラファエルは何もできなかった無力な自分を忘れることはしない。できない。悲しげに目を伏せたラファエルだったが、すぐに微笑んだ。


「それでも、俺は、お前が言う『裏切らない』に救われた気分だ」


 ロジュの言葉に、ラファエルは何回か瞬きをした。ロジュを助けよう、だなんて気は全くなかった。それでも、結果的にロジュの役に立ったのなら、それは嬉しい。


「それは光栄です」


 ラファエルは花が綻ぶように微笑んだ。ロジュもそのラファエルの笑みをみて、少しだけ口角をあげた。


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