二十二、対等になろう
「やっぱり、私のこともウィリデ兄さんって呼んでくれない?」
ウィリデがロジュをジッと見つめる。ロジュはウィリデから目を逸らした。
「話をきいていなかったのか? 俺は、自分のために線引きが必要なんだ」
「聞いていたよ。聞いていて、頼んでいるんだ。でも、その理由なら別にいいかなって」
「何がいいんだ」
「だって線引きは必要ないでしょう?」
ウィリデは何でもないように言う。ロジュはそのウィリデの自信満々の様子に、言葉を失った。
「呼び名を気にする必要はないかなって思っていたけれど、そういう理由があるなら、そんな線はいらない」
「でも……」
ロジュは躊躇うように目を伏せる。その様子をみたウィリデは、いいことを思いついた、というように急に表情を明るくした。
「分かった、ロジュ。それなら私のことをウィリデ、って呼べばいいんだ」
「ちょっと待ってくれ。なんでそんな結論になった?」
ロジュは伏せていた目を思わずウィリデへと向ける。ウィリデと目があったロジュは、ウィリデの目の優しい色に捕らえられたように逸らせなくなった。
「ねえ、ロジュ。私のことをウィリデって呼んで」
「なんで……」
急なウィリデの言葉に戸惑いを隠せないロジュに向かって、ウィリデは言葉を重ねる。
「そうしたら、ロジュにとって私は『兄』ではないでしょう? 対等だ。それなら、一方的に頼るとか心配しなくていい。ロジュ、私と肩を並べない? 同志に、ならない?」
ロジュの目が見開かれた。言葉を失ったロジュに、ウィリデはロジュをジッと見つめながらさらにロジュに向かって話す。
「ねえ、ロジュ。私のために、お願い。そして、私を支えて」
ウィリデの視線はロジュを離さない。ロジュは息を呑んだ。目を閉じる。ロジュは深紅の髪をかき上げた。
「本当に、ずるいな」
ウィリデは分かって言っているだろう。ロジュがウィリデの提案を簡単に蹴れないことを。
ロジュにとって、ウィリデからの提案は甘美だ。ウィリデは、ロジュが今まで抱えていた、頼ってほしい、という感情の行き場を作ろうとしてくれている。自分を、呼び捨てにすることまで許して。
ロジュは閉じていた目を開いた。その藍色には、強い色が宿っている。
「後悔するなよ。……ウィリデ」
「しないよ、ロジュ」
ウィリデは糸が緩んだように微笑んだ。少し、泣きそうにも見える。ロジュの成長が嬉しい。あんなに、迷子のような表情をしていた子どもはどこにもいない。
「ねえ、ロジュ。じゃあ、やっぱり私のこともアーテルって呼ばない?」
「ええ……」
先ほど姉と呼ばれて喜んでいたアーテルも、ウィリデに便乗してアーテルと呼ぶように言いだした。ロジュは視線を逸らすが、アーテルはロジュの方に身を乗り出した。
「ロジュ、お願い。私とも、対等でいきましょう」
「……。分かった、アーテル」
アーテルも、ロジュのことを理解している。対等、という言葉を使えば、ロジュは頷くことを察知したのだろう。ロジュは、チラリ、とウィリデのことを見た。ウィリデの恋人のことを勝手に呼び捨てにして、ウィリデに咎められるかも、と思ったからだ。ウィリデが嫌がるなら、ロジュはアーテルを呼び捨てにはしない。
「ずるい、ロジュ。私のことを呼び捨てにするかはしばらく悩んだのに」
「面倒だな、このカップル」
ロジュは思わず心の声を口に出す。そうは言いながらも、ロジュの表情は柔らかく笑みを浮かべていた。
「でも、私達のことが好きだろう?」
ウィリデが冗談めかしてそう言う。ウィリデは気がついていた。ウィリデとアーテルの仲の良さを、ロジュが穏やかな目線で見ていたことに、気がついていた。だからこそ、以前、ウィリデはアーテルに一目惚れをしたことを、こっそりロジュにだけ教えていた。
「ああ」
押し黙るか、否定すると思っていたロジュからの返答に、ウィリデは動きを止めて、ロジュのことを見つめた。
「二人が幸せそうに一緒にいると嬉しい。永遠がないこの世界でも、永遠を願いたくなる」
ロジュの本音。それを認識はしていたが、実際に言われるのとは違う。ウィリデは、しばらくの間何を言われたか理解できずに、ただ動きを止めていた。ウィリデは、口を開こうとしては、閉じる、を繰り返していた。彼の頬がじわじわと赤く染まっていった。
「ウィリデ様のそこまでの戸惑いが見られるって、珍しいですね」
ボソリ、とラファエルが呟く。このウィリデの表情を引き出すことができるのは、ロジュとアーテルぐらいなのではないか、と思う。
「ロジュ、ありがとう。嬉しいよ」
ウィリデが瞳を潤ませながらそう言った。ウィリデは、ロジュがそんな気持ちを伝えるなんて、思っていなかった。だからこそ、感極まっている。




