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二十一、しんらい

「ねえ、ロジュ。私からもいい?」

「ああ」

「ロジュは、どうなの? 私のこと、信頼している?」

「は? 何を言っているんだ? そうに決まって……」

「本当に?」


 ウィリデはたたみかけるようにロジュへ尋ねる。ロジュは戸惑ったような表情を浮かべる。ロジュは、ウィリデが言わんとしていることが察知できていない。


「ロジュは、私が連絡を断ったとき、本当に、信じたままでいられた?」

「なにが、いいたい?」


 ロジュは動揺を隠せなかった。声が震え、ウィリデに向ける藍色の瞳は揺れていた。


「ねえ、ロジュ。教えて。だって、ロジュは私がロジュを愛していることを、信じてくれないでしょう? それは、私を信じていると言えるの?」

「やめて、くれ。お願いだ」


 ロジュは頭を押さえた。彼の顔色が急激に悪くなっていることに、その場の全員が気がついた。ロジュの、触れてほしくなかった部分だ。誰も、口を開かない。黙って、ロジュを見ている。それは、ロジュを冷静にさせた。


「ああ、もう。ここまで言うつもりはなかったのに」


 ロジュはため息をつく。ここまで、自分の心に踏み込ませるつもりはなかった。そんなこと、したくなかった。でも、全てを見透かされているようなこの場で、軽率なごまかしが何の意味をもたらすか。無意味と化す。だからこそ、ロジュはもう少しだけ踏み込む。雪山のように誰の足跡もついていないまっさらな自分の弱い部分をもう少しだけ、見せる。


「ウィリデ陛下のことは、世界で一番、信頼している。それは、変わっていない。それでも。ウィリデ陛下が連絡を断ったとき、ウィリデ陛下に見限られたかも、という考えが脳裏をよぎった。そんな自分が、心底いやだった。信頼している人間にすら疑いを向ける自分の矛盾に嫌気がさした」



 ロジュの静かな声が部屋におちる。ロジュは信じているといいながら、疑いを持った。そんな自分を、見せたくなかったのだろう。ウィリデは、口を開こうとして開けなかった。その代わり、声を出したのは、黙って見守っていたラファエルであった。



「ロジュ様」

「なんだ、ラファエル」

「僕を何番目に信頼しているか、と聞かれたら答えられますか」

「……」


 ラファエルの問いにロジュは黙り込んだ。以前までのロジュであれば、迷うことなくウィリデが一番で、ラファエルは二番かそれ以下と答えていたかもしれない。しかし、今のロジュは。言い切ることができない。ウィリデを信じている。それは、変わらない。では、ラファエルは? 自分の命すらロジュにかけようとするラファエルを、ウィリデより信じていない、と一蹴できるか? ウィリデと比較していいのか?

 今のロジュは、できない。ラファエルからの思いを受け取った。同じ気持ちを返すという約束もしていない。それでも。ロジュはラファエルをそれなりに信頼するようになっている。どちらの方が、とか軽率に口にできない。ラファエルを切って捨てるようなこと、言えるわけがない。


「ウィリデ様を、一番信じてる、といいながら、言い切れない。それでいいのではないかと思います。ロジュ様」


 ラファエルが微笑んだ。その笑みは、心底嬉しそうだ。ロジュの生活の中でラファエルは「当たり前のように存在しているもの」となったのだから。


「僕と、ウィリデ様を比べても答えが出ない。一番のはずのウィリデ様と。その矛盾があってもいいと思います。そういうものだと思います。はっきりと答えにならないものは存在しているんではないですか?」


 ロジュはしばらくの間押し黙った。しばしの沈黙の後、ロジュは静かな声で口を開いた。


「俺は……。こだわりすぎていたのかもしれない。ウィリデ陛下を『一番信頼している人』という枠に置くことに。でも……。そうしたら、どうなる? 俺にとってウィリデ陛下は、何だ?」


 ロジュはウィリデを「一番信頼している人」という枠に置いていた。それに、固執していた、とも言える。では。改めてウィリデは何か、と考えたときに、名前がない。二人の関係を説明する言葉は何だろうか。


「俺は、ウィリデ陛下の『本当の弟』には、なれない。じゃあ。俺にとってのウィリデ陛下は何で、ウィリデ陛下にとって俺は何だ?」


 そうか、とラファエルは一つ思い当たった。「契約」が信頼できると思っているロジュには、名前のない関係というものに、不安を覚えるのか。ウィリデのことを信じていないわけではなく、ただその不安定さに耐えられない。


「ロジュ。なんでウィリデのことを、『ウィリデ陛下』と呼んでいるかもそれに関係しているの?」


 アーテルはずっと違和感しかなかった。ロジュがウィリデの名を呼ぶたびに。アーテルの知っているロジュは「ウィリデ兄さん」と呼んでいたはずだ。急に距離を取るような呼び方をしているのは、違和感しかない。


「アーテル姉さんは、本当にそのことが気になっているんだな」


 ロジュは少しだけ表情を動かすようにして笑った。ロジュがウィリデのことを「ウィリデ陛下」と呼び出したのは、ロジュが鎖国中のシルバ国を訪問したときからだ。ウィリデは、疑問に思っていないのか、それに触れることは今までしていなかった。


「だって、気になるじゃない。ウィリデは気にならなかったの?」


 アーテルからの視線を受け、ウィリデは首を傾げた。


「なんでかな、と思ったことはあるけど、そこまで気にすることではないかなって思ってた。だって、それは呼び名でしかない。呼び方にかかわらず、ロジュは大切な弟だから」

「それでも、俺は本当の弟ではない」


 ロジュがポツリと言葉をこぼす。ウィリデは瞠目した。声を出すことができない。ロジュはアーテルに視線を向けた。


「アーテル姉さん。それは、俺にとっての線引きだ」

「線引き?」


 ロジュの声は震えていた。ロジュはできるだけウィリデを視界に入れないようにしながら口を開く。


「俺が、ウィリデ陛下に甘えすぎないように。いつまでも可愛がってもらえると勘違いしないために」


 そこまで言ったロジュは一度言葉を句切った。悩むように視線を動かした後、再び口を開いた。


「シルバ国に足を踏み入れたとき、そしてウィリデ陛下の弟や妹にあったときに、思ったんだ。ウィリデ陛下には、たくさん守るものがある。シルバ国や家族。それだけでも、大変なはずだ。それなのに、俺が。俺までも寄りかかってしまうと、一体誰がウィリデ陛下を支えられる?」


 ウィリデは思わぬロジュからの言葉に目を見開いた。ウィリデは、知らなかった。ロジュがこんなことを考えていたなんて。ラファエルが正しかった、と悟る。自分たちには、腹を割って話す機会が必要だったようだ。


「でも、それも結局は私が鎖国期間中に連絡を断ったから、考えたことじゃないの?」


 ウィリデはロジュにそう思わせてしまったのは、自分のせいではないか、と考えた。ロジュは少し言葉を詰まらせたあとに話し出した。


「要因の、一つではあるかもしれない。それでも、それが全てではない。いずれは、考えていたことだ」

「じゃあ、私のことをアーテル姉さんと呼び続けているのは、私に弟や妹がいなくて、守る国もないから?」

「まあ、そうだな。お望みなら丁寧に呼ぶが。アーテル殿下」

「ロジュ、やめて。お願い」


 ロジュが冗談のようにアーテル殿下と呼ぶと、アーテルは焦ったようにロジュを止める。それぐらい、アーテルはロジュに「アーテル姉さん」と呼ばれることになじんでいるのだろう。ロジュは笑みを浮かべた。アーテルをからかっただけであり、本当にアーテル殿下と呼ぶ気はない。


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