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十八、この光景を望んでいた

 アーテルの言葉を遮るように、ロジュが呟いた。アーテルは、急なロジュの言葉に、動きを止めた。


 そのとき、図ったかのようにコンコン、とドアを叩く音がした。


「ロジュ様、いらっしゃいますか?」

「入っていいぞ、ラファエル」


 ロジュは状況が飲み込めていないアーテルの方を見て、口角を上げるようにして微笑んだ。


「アーテル姉さん。俺からの贈り物だ」


 アーテルだけに聞こえるように、呟く。アーテルは瞳を瞬かせた。


「ロジュ、ラファエルから用事があるって聞いたけど……」


 ラファエルに連れられて部屋へと入ってきた人物はロジュ以外の人物が部屋にいるのを見て、目を見開いた。


「……」

「……」


 ウィリデとアーテルは、お互い見つめ合ったまま、言葉を発せないでいる。二人だけ、別世界にいるようだ。


 ロジュは、知っていた。ウィリデがアーテルに恋をしたのは、一目惚れである、ということ。ウィリデはアーテルの黄金に輝く純粋な瞳に恋をした、と以前、時が戻る前に教えてもらっていた。だから、ロジュには確信めいたものがあった。ウィリデは、アーテルと出会えば、すぐに記憶を取り戻す。それは、アーテルに恋するから。

 ウィリデは愛を「見返りを求めずに相手の力になりたいと思うこと」と以前言っていた。それにも関わらず、ウィリデはアーテルに一目惚れをしたという。ウィリデは恋愛感情とその愛が一緒かは分からない、と言っていた。一緒ではないのだろう。ウィリデにとって恋愛は、強烈に惹かれてしまう相手なのかもしれない、と思いながらロジュは二人を見つめていた。


「アー、テル」

「……。ウィリデ」


 ウィリデは、アーテルから一時も視線を外さない。彼の視線は縫い付けられてしまったようだ。アーテルは、ウィリデが思いがけず思い出しそうな気配に、金色の瞳を揺らした。


「なんで、私は忘れていたのだろう」


 ウィリデは呆然としていた。ゆっくりとアーテルの近くへと歩く。


「ねえ、アーテル」

「なあに、ウィリデ」

「抱きしめても、いい?」


 ウィリデの言葉に、アーテルは緩やかに笑った。アーテルの方から、ウィリデの方へ抱きついた。彼女の頬を涙がつたう。しかし、それを気にすることなく、アーテルはウィリデへと微笑みかけた。ウィリデは壊れないように、優しく、包み込むようにアーテルを抱きしめる。ウィリデの腕の中でアーテルは囁く。


「もう、離さないでね」

「うん」

「ウィリデ、愛しているわ」

「私も、愛しているよ。アーテル」


 完全に二人だけの世界だ。ラファエルは、部屋から出ておけばよかった、と切実に思った。自分は、何を見せられているんだろうか。ラファエルは、ロジュの方に視線を向ける。ロジュは、驚くほど穏やかな表情をしていた。羨む様子も、妬む様子も見えない。ただ、そこにある幸せを見ることができることで彼の藍色の瞳は凪いでいた。


「この光景を見ることができただけで、俺はこの件に関しては後悔しない」


 ロジュが小さく呟いた。それは、どこまでも二人のことを大切に思っていた、いや、今も思っているということで出てきた言葉なんだろう。


「ロジュ、思い出したんだね」


 周囲の様子がやっと見え、抱きしめていたアーテルを離したウィリデが、思い出したようにロジュへと告げる。ロジュは黙って頷いた。


「ロジュ……」

「ウィリデ陛下」



 何かを言おうとしたウィリデを遮って、ロジュはウィリデを真っ直ぐに見つめる。そして、ロジュはその場に跪いた。


「ちょっと、え? ロジュ?」


 急なロジュの行動にウィリデもアーテルも戸惑う。ロジュの行動の意味を察知したラファエルは静かにその様子を見つめていた。


「ウィリデ・シルバニア国王陛下。我が弟の無礼に、深くお詫び申し上げます。そして、私の未熟さゆえに巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした」


 ロジュは跪いたまま、深く頭を下げた。


 謝罪。それは、する方の自己満足であり、何の意味もなさないものではないか。そう思うが、ロジュはウィリデとアーテルを見ていると、せずにはいられなかった。伝えなくてはならない、と思った。


 自分が、ウィリデと関わらなければ。時を戻す前のウィリデは、死ぬことはなかった。ロジュが関わらなければテキューがウィリデを狙う理由なんてないから、ウィリデはアーテルと幸せな生活を送れていたはずだ。


 それでも、ロジュは。仮に何回、時を戻したとしても。その際に記憶がなかったとしても。ウィリデに話かけることを止めることはできない。ウィリデに縋ってしまう。


 それを含めての謝罪であった。ただの、自己満足。ロジュはどうしたって、ウィリデが与えてくれるものを享受したくなってしまう。しかし、それを口に出すことはなく、気持ちだけをのせた。これは、ウィリデが知る必要のないことだ。ウィリデへの自身の執着からロジュは目を逸らそうとした。


 しかし、それはロジュが向き合わなくてはならない問題である、と彼は感じていた。そうしないと、ウィリデのいない世界で生きる覚悟をしないと、自分はまた間違える。


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