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十七、記憶について

「久しぶりだな、アーテル姉さん」


 ロジュが手早く別の衣服へと着替え、アーテルも別の服装へと着替えた後、アーテルとロジュは向かい合って座っていた。


「ロジュ、貴方は何も覚えていない、と思っていたわ。だって、覚えていたら連絡を取ってくる、と思っていたもの」


 アーテルが目を伏せながら言う。ロジュがもし最初から覚えているのなら、アーテルに探りを入れてきたはずだ。それがなかったからこそ、覚えていないと判断していた。


「アーテル姉さんの手と触れたときに思い出したんだ。それが、太陽のフェリチタからの救済措置。正確に言えば、ウィリデ陛下とアーテル姉さんの二人との接触で、俺の代償の半分は解決した」

「え? ちょっと待って、ロジュ。待って。聞きたいことがいっぱいあるんだけど……」


 今のロジュの一言で、アーテルは混乱していた。左手を頭にあてて、金の瞳を揺らがせる。彼女の中では多くの疑問符がうまれていた。


「え? ロジュはウィリデのこと、ウィリデ陛下って呼んでるの?」

「最初に聞くのがそれで本当にいいのか?」


 ロジュは表情を緩ませた。藍色の瞳は楽しげに煌めいている。アーテルは、ロジュからのその目線を受け、困った笑みを浮かべた。


「ロジュが大事そうな話を一気に言うからでしょう?」

「俺も聞きたいことがあるからその質問に対して端的に答えると、ウィリデ陛下と呼んでる」

「ええ? なんで?」


 アーテルはロジュの方に身を乗り出した。ロジュはアーテルの見透かしそうな金の瞳から目を逸らす。


「言わない」

「え? 教えてよ」


 ロジュはアーテルの瞳から逃れきれず、ため息をついた。ロジュは藍色の瞳を伏せた。姉のように慕っていた彼女にロジュは強くでることができない。


「ウィリデ陛下の弟と妹に会ったから。これ以上は何も言わない」

「ええ? なんで? 気になるけど……。言いたくないなら諦めるわ。じゃあ、次の質問にいくわね。ロジュ、貴方は何を代償にされたの?」

「アーテル姉さんは?」


 ロジュはアーテルからの質問にすぐに答えることはせず、アーテルに話を向ける。アーテルはロジュを見つめた後に、口を開いた。


「私は、『ウィリデには時間がまき戻る前の記憶が残る代わりに、私の存在は彼の記憶からは消え去る』って言われたわ。そんなに大きくはない、代償よね」


 アーテルはロジュに向けて微笑んで見せるが、ロジュは黙ってアーテルを見つめる。


「無理に、笑う必要はない」


ロジュの言葉に、アーテルは動きを止める。そんなアーテルを見て、ロジュはさらに言葉を重ねた。


「貴女が、貴女だけがウィリデ陛下に忘れられる、というのは、身が引き裂かれるような寂しさだったんじゃないか? アーテル姉さんはウィリデ陛下に真っ直ぐ恋していたのに」


 ロジュの言葉を受け、アーテルは笑みを消した。彼女の表情は歪み、やがてぽろぽろと涙を流し始めた。


「ロジュ、私、寂しかったのよ」

「うん」

「ウィリデは、私のことだけを忘れているって。だから、怖くて会いにいく勇気がなかったの。だって、ウィリデから向けられる視線がよそよそしいものなんて、耐えられない」

「うん」


 アーテルは泣きながら、言葉を告げる。ロジュはアーテルに緑色のハンカチを差し出した。アーテルはそれを受け取って握りしめる。ロジュの雰囲気は、穏やかな波のように静かで、全てを受け止めてくれる様子であった。だから、アーテルはそれに甘え、言いたいことをついこぼす。


「ソリス国に留学に来たときも、ウィリデと会えるかなって期待と緊張をしてたのに、以前とは違ってウィリデは来なかった」

「うん」

「私は旅に出て、いろんな体験をしたわ。でも、ノクティス国に戻ってきいた知らせは、シルバ国の鎖国よ」

「うん」

「ロジュ、私はどうしたらいいの? どうしたら、ウィリデに愛してもらえる? 私の代償への救済は、私とウィリデが恋に落ちることよ」

「ウィリデ陛下とアーテル姉さんの、恋」


 頷くだけの返事をしていたロジュが思わず呟いた。それをきいて、アーテルは正気へと戻る。


「ごめんね、ロジュ。取り乱したわ」

「いや、謝らないでくれ。……。全て、全て俺のせいなんだから」

「ロジュ?」


 一気に表情が暗くなったロジュへ、アーテルは声をかける。しかし、ロジュは首を振った。


「何でもない。それに、アーテル姉さん。ウィリデ陛下とのことは多分心配することはない」

「なんで分かるの?」


 確信に満ちているロジュに対し、アーテルは疑問に思う。ロジュが恋に関して確信をしているのは、なんだか不思議に感じた。ロジュは、人の感情に懐疑的である、ということにアーテルは気がついていた。


「分かるさ。二人のことだから」

「え? どういうこと?」


 疑問を浮かべるアーテルに対し、ロジュは涼やかに笑ってみせた。それ以上話すつもりはないのだろう。


「話を戻そう。俺の代償の一つは記憶だ」

「一つ? 記憶?」


 アーテルの疑問を気にすることはなく、ロジュは話を進める。


「時が戻る前の記憶は欠落していた。それだけではなく、時が戻り終わった後の記憶も、所々抜け落ちていた。勉学に関するものはなくならなかったのが幸いだったが、俺が気に留めなかった記憶は抜け落ちていたことが、今なら分かる」


 全ての記憶を取り戻した今だからこそ、分かる。ロジュはいろんな事を忘れていた。それは、十歳までのことだ。それでは十歳の時に何があったか。


「ウィリデ陛下と会って、俺はそれ以上記憶が抜け落ちることがなくなったんだ」


 ロジュの気に留まらなかった記憶は、スルスルと抜け落ちていた。そのことにロジュはあまり気がついていなかったし、当時は気がつかせてくれるような雑談をする人間もいなかった。そして、ウィリデと会った。それ以降、ロジュは時が戻った後の記憶が抜け落ちることはなくなった。ウィリデが、記憶が抜け落ちなくなるための鍵だったからだ。しかし、そのこと自体にも気がついていなかった。気がついたのは、ついさっき。よく分からない空間でフェリチタと話をしたことを思い出したから。


「そして、今回。アーテル姉さんと会ったことで、時が戻る前の記憶も思い出した。時が戻った後の抜け落ちていた記憶も思い出した」


 ロジュは、そこまで言って、真っ直ぐにアーテルを見つめる。


「アーテル姉さん、ありがとう。俺の記憶を思い出させてくれて」

「ロジュ……」


 アーテルはロジュが記憶を取り戻したことを、自分が引き金を引いてしまった、と少し悔いていた。だから、ロジュにお礼を言われて安堵を感じた。


「それで、ロジュ。他の代償は……」

「時間だ」


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