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十三、間違った努力

 この日から、ラファエルの生活の中心はロジュとなった。


 ラファエルはいままでとは打って変わって、全てのことに活力を込めて取り組んだ。やる気がないと何もできないわけではなかったが、やる気があると今までよりも自分に身についている気がした。勉強も、剣術も。どちらも真剣に取り組んだ。勉強をすれば、ロジュの側近になれる可能性が高くなる。仮になれなかったとしても、剣術を取り組んでおけば、護衛騎士になれるかもしれない。


 その次、ラファエルは真剣に考えた。側近にも、護衛騎士にもなれなかったら、どうするか。

 ソリス城の使用人になろう、と決めた。だから紅茶を入れる練習をしたし、掃除や洗濯の練習もした。


 ラファエルは気がついていなかった。努力の方向が間違っている、ということに。ラファエルは、ロジュ自身を見なくてはいけなかったのに、彼を神聖化して、声すらかけられなかった。


 ラファエルが十歳のとき。あるパーティーに参加していた。ラファエルは、人脈を広げることもしよう、と決めていたため、様々な人に話しかけた。今までのラファエルの無気力な状態を知っている人たちは、最初は訝しげであったが、すぐにラファエルとの会話に引き込まれた。ラファエルは、コミュニケーションが得意であることに、このパーティーで初めて気がついた。その才能を惜しみなく発揮し、ラファエルは複数の人に気に入ってもらえた。


 ラファエルが休憩がてら、壁沿いで飲み物を飲んでいると、ざわめきが聞こえた。


「ロジュ第一王子殿下が、シルバ国の王太子殿下に話しかけに行っているようだぞ」

「本当だ。何を話すんだろうな」


 そんな声が聞こえてきて、ラファエルは弾かれたように顔をあげた。周りを見渡してみる。深紅とそれに対比するような深緑がやけに目についた。


 まだ王とはなっておらず、王太子であったウィリデとロジュの邂逅。ただ話しているだけであったなら、そこまで貴族達の記憶には残らなかったかもしれない。


「お噂には聞いておりましたが、ロジュ様の藍色の瞳は本当に美しいですね。清らかな海の色にも幻想的な夜空の色にも見えます」


 しかし。ウィリデのこの発言は、当時のソリス国では考えられないものであった。貴族の中で触れてはいけない王家の禁忌であるかのようにまことしやかに囁かれていたことだ。

 ラファエルは、ウィリデの言葉をきいたロジュの表情を見て、すぐに悟った。ロジュは、藍色の瞳が忌避されることを嫌がっていた、ということに。

 ロジュがウィリデを見る目は暗闇の中で光を見つけたような、溺れているところに手を差し伸べられたような、安堵そのものだった。


 ロジュは、ウィリデに救われたのだ。


 それに気がついたラファエルは、二人を見ながら微笑んだ。心の底からの笑みであった。ロジュが、ウィリデのおかげで苦しみが軽減されたのなら、それでいい。自分が、何かをするべきではない。自分が救いたい、だなんておこがましいことは考えていなかった。


 ラファエルは、それからもロジュのことを考えての行動は止めなかったが、ロジュに話しかけることもしなかった。ウィリデが留学期間中のロジュは、いつもより表情が穏やかであることをラファエルは気がついていた。だからこそ、ラファエルは遠くから見守るだけでよかった。


 時が戻る前の人生で、ロジュへ話しかけようとしたのは、十六歳の時であった。

 ラファエルは、ウィリデの訃報を聞いた。


 ウィリデが王となるためにシルバ国へ帰ったあともロジュの表情は曇っていなかったため、ラファエルは声をかけるに踏み切らなかった。だからこそ、ウィリデの訃報をきいたとき、真っ先に思い浮かんだのは、ロジュのことだった。


 ラファエルは、両親に頼み込んでウィリデの葬式に連れていってもらった。ラファエルの母親がソリス国の宰相であったため、招かれていたのが幸いだった。


 真っ黒い服の身を包んだ人が溢れている。その中でも、ラファエルは深紅を探していた。そして、あっさりと見つかった。


 ロジュの瞳は、涙をとどめることがなく、流していた。その姿は、悲しみに溢れているこの場でさえ、異様な雰囲気を醸し出していた。彼の藍色は燃え上がるような色を見せながらも、彼の表情はまったく歪んでいない。ただ、涙を流しながら立ち尽くしていた。その姿を見て、ラファエルは不安になった。


 ロジュは、死を望むのではないか?

 ラファエルは、顔が強張るのを感じた。しかし、自分は何もできない。ロジュに近づくためのものを何も、持ち合わせていない。


 どうしよう。自分は、どうしたらいい?


 そのとき、ラファエルは銀色の糸のようなものを見た。ハッと顔を上げる。その人は、アーテル・ノクティリアスだ。一か八か。ラファエルは、アーテルに声をかけることに決めた。

 アーテルの表情を見て、ゾクリとした。この人は、誰かに憎悪を膨らませている。一体、誰に? ラファエルは疑問を抱くが、ここで引くわけにはいかなかった。


「初めまして。アーテル第二王女殿下。僕は、ラファエル・バイオレットと申します。僭越ながらお願いがございます。アーテル殿下、ロジュ殿下にお会いしてください」


 アーテルは、恐ろしいほどに鋭い瞳をしていた。ラファエルのことを認識しているかも分からない。しかし、ロジュの名前が出ると、ゆっくりと頷いて、ロジュを探し始めた。それを見て、ラファエルは少しだけ、ホッとした。


 アーテルとロジュは感情の種類こそ違え、ウィリデを大切に思う気持ちは同じだ。だからこそ、支えることができるとすれば、互いしかいないだろう。


 アーテルがロジュを連れ出しているのを見ながら、ラファエルは安堵を感じていた。これが、自分のできた最善だろう。どうか、二人が立ち直れますように。ウィリデを喪った絶望から、逃れられますように。ラファエルは心で祈った。祈ることしか、できなかった。


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