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十、何を知っているのか

 ラファエルがアーテルを連れてきたのは、一つの空き部屋だ。ラファエルはソリス城によく来ているだけあって、どこの部屋が使われていないか、よく知っている。

 その部屋には机が一つと椅子が四つ置いてある。ラファエルはそのうちの一つの椅子をひいてアーテルを座らせ、自分は向かい側に座った。


「二人きりの密室というのは、少し不味いのですが……」

「誰かに見られでもしていたら、仕事の話と言っていただいて構いません。あながち間違いではないので。外には、会議中と書いてある札を置いておきましたし」


 ラファエルは準備をしていたようだ。通常であれば、未婚の男女二人がパーティーから抜け出す、というのは、仲を勘ぐられるだろうし、関係を疑われかねない。

 しかし。ラファエル・バイオレットは違う。彼は今、「ロジュの側近」という肩書きを手に入れている。彼が仕事の話、といえば疑いにくい上、逆に疑った人間の方が、「何を馬鹿なことを」と言われるだろう。それくらい、ラファエルからロジュへの忠誠心は少なくともソリス国内では知られており、他国へも広がりつつある。

 また、アーテルは自覚がないが、彼女は「銀の女神」と呼ばれているのだ。その彼女が男と二人で話していたとしても、「人助けか」と勝手に勘違いをしてくれる人は多い。


 だからこそ、ラファエルはあまり躊躇なく彼女を呼び出した。


「アーテル殿下、こちらをどうぞ」


 ラファエルはいつも腰にさしている剣をアーテルへ差し出した。ラファエルは鞘に入った剣を、机の上を滑らせて、アーテルの側まで押しやった。


「バイオレット公爵令息、どういうつもりですか?」


 いきなりラファエルの剣を手渡されて、アーテルは困惑した。


「貴方の信用を得るために、これをお貸しします。僕が何かしたら、容赦なく刺してくださって構いません」


 ニコリと笑みを浮かべながらラファエルは言う。アーテルはラファエルの覚悟を目の当たりにして、黙り込んだ。ラファエルの剣へ手を伸ばしかけ、直前で止める。少し考えた後、ゆっくりと口を開いた。


「剣士にとって、自分の剣は命のようなものですよね……。よろしいのですか?」


 剣を手にする人間にとって、それは自分の全てではないのか。ラファエルが剣士であるかはアーテルの知るところではなかったが、彼のぶれない体幹や、綺麗な姿勢から、日常的に剣を持っている人間なのではないか、と推測した。


「僕の命は、すでにロジュ様のものです。ですから、剣は僕の命はありません。強いて言うなら、剣も僕自身も、ロジュ様のものです」


 ラファエルの強い表現に、アーテルは困惑を隠すことができなかった。ロジュはこんなにも好かれているのか。


「わかりました。それでは、お預かりします」


 アーテルは手元に剣を引き寄せた。そして姿勢を正してラファエルに向き直る。


「それで、貴方は何を知っているのですか? バイオレット公爵令息」

「ラファエルで構いませんよ。アーテル殿下」

「私のことも、好きに呼んでもらって構いません。それで、なぜ、貴方は知っているのですか?」


 アーテルの金の瞳がゆっくりと細められる。ラファエルがなぜ、時間がまき戻る前の話を知っているのか。それを探るような眼差し。


「なぜ、知っているか。それは答えようがありません。だって、僕だって知りません」


 それはそうか、とアーテルは頷く。アーテルだって、原理は分からない。フェリチタがやってくれたことだ。困惑して、余計なことまできいてしまった。


「それでも、いつ思い出したか、なら言えます。実は結構最近で……。ロジュ様が毒殺されそうになったという連絡をもらったときですね」

「え、ちょっと待って、え? 今なんておっしゃいました? ロジュが毒殺?」


 アーテルは思わずラファエルへ投げつけるように言葉を重ねる。それくらい、アーテルは動揺していた。ロジュが死にそうになっていた。そのことを、アーテルは知らない。


「国外にはあんまり漏れていなかったようですね。よかったです。内密にお願いします」

「ロジュは、大丈夫だったんですか?」


 顔を強張らせてアーテルは質問を重ねる。ロジュが無事だということは、先ほどの挨拶を見ていたはずなのに、尋ねている。アーテルは相当動揺しているのだろう。


「ええ。ウィリデ様がいろいろ動いてくださったので」


 ウィリデの名前が出たことで、アーテルはハッとした。そして、数秒間目をつぶって、冷静さを取り戻した。


「申し訳ありません。取り乱しました」

「構いません。それより、僕もききたいことがいっぱいあるんです」


 ラファエルは、一呼吸おいた。彼の薄紫色の瞳は迷うように宙を彷徨っていたが、やがてアーテルだけを見つめる。


「アーテル様、時を戻したのは、貴方ですか?」


 アーテルは、黄金の瞳を一度閉じた。そして、ゆっくりと開くと、諦めたように答える。


「ええ。そうです」


 アーテルは優しげな眼差しをラファエルに向ける。ラファエルを見ているようで、彼のことは見ていないのだろう。


 きっと、アーテルが見ているのはウィリデだけ。


「私がロジュに手伝わせ、時を戻しました。苦情なら、私が受け付けます」


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