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九、パーティーの開始


「長かったな」


 ロジュはぼんやりとパーティーへの準備期間を思い出していた。

 会場の手配。服の準備。誰を招待するかの選別。ロジュよりも周りの人間の方が張り切っており、目を輝かせて自分の意見を言ってくるものだから、ロジュは途中から苦笑していた。


 それでも、色々と手伝ってもらって、ここまでの準備を整えることができたのだ。完璧な、パーティーにしなければ。


 パーティーのための衣装を身に纏ったロジュはゆっくりと立ち上がった。彼の衣装は派手すぎず、地味すぎない。それでいて、一目で上等品とわかるものだ。


 ロジュは鏡を見つめる。目を引くのは、ロジュの薔薇のような深紅の髪であるが、ロジュは藍色の瞳しか見ていない。

 自身の藍色の瞳をみると、ロジュは思い出す話がある。


 テキューが持ってきた資料が示すことは、髪色が赤であり、瞳の色が赤ではない人間は力を持ちすぎる、ということだったと思い出す。そして、その力により、他国へ戦争をけしかけた愚王がかつていた。


 自分は、忘れてはいけない。しっかり覚えていないといけない。欲は身を滅ぼす。世界を滅ぼす。


 ロジュは真っ白な手袋をはめた右手で鏡に触れた。自分のこの瞳を嫌ってはいない。嫌いになんて、なれない。それでも、この瞳はロジュに緊張感を与える存在になった。


 ロジュは自分の手で、頬を軽くはたいた。こんなことを考えている暇はない。そろそろ行かなくては。





「ロジュ・ソリスト第一王子殿下の入場です」


 一瞬にして、会場は静まりかえった。会場にいる全員が、ロジュの動きを見守っている。ロジュは足音を立てながら、会場の中でステージのように高くなっている場所へと向かった。階段をゆっくりと登ったロジュは会場の全体へと体を向ける。ロジュが纏っているマントがフワリと宙を舞い、鮮やかな赤に、金で刺繍された太陽と炎の絵がキラリと輝いた。


「本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます。私、ロジュ・ソリストはソリス国の王太子へと任命されました。至らぬ点も多々あると思いますが、よろしくお願いいたします」


 ロジュの声が静まりかえった会場中に広がる。ロジュが開始の宣言にもなる挨拶をしたところ、パチパチと斑に送られた拍手は、やがて会場の全体へと広がっていき、拍手で会場は包まれた。

 ロジュは深々とお辞儀をし、お辞儀を止めて姿勢を正しても拍手がすぐに鳴り止む様子はなかった。


「ロジュ殿下、おめでとうございます」

「ありがとうございます。本日はお忙しい中、来ていただけるとは思っていませんでした」

「勿論伺いますよ」


 挨拶に来るソリス国の貴族、他国の貴族はとどまることがない。ロジュはそれぞれの人に対応しながら、ふと考えた。そういえば、ラファエルはどこに行ったのだろう。用事があるから側を離れると最初の方にロジュへ耳打ちをしてきたが、戻ってきていない。

 まあ、ラファエルにも自分の付き合いがあるし、そのうち戻ってくるだろう。そう考えたロジュは、引き続き挨拶に来る人間の対応へと意識を戻した。





「こんばんは。以前、お会いしたことがございましたよね? アーテル殿下」


 にこやかに、物腰柔らかくアーテルに話しかけてくる人物がいる。その人物は一見優しげだが。


 アーテルは、この目を、知っている。これは、自分が守りたいもののためなら、全てを犠牲にできる人の目だ。


 自分や、ロジュがそうであったように。アーテルはその薄紫色の瞳から、それを読み取っていた。


「申し訳ありません。どこでお会いしましたか?」


 どこかで見たことはある気がする。この、薄紫色の瞳で、桃色の髪の人物を。


「申し遅れました。僕は、ラファエル・バイオレットと申します。ソリス国のバイオレット公爵令息です。どこでお会いしたか、ですか。そうですね」


 ラファエルはゆっくりと身をかがめ、アーテルの耳元へ囁く。


「ウィリデ様のお葬式でご挨拶させていただいたような気がします」


「え……?」


 アーテルが目を見開いたのまで近距離で見届けたラファエルは、姿勢を正して距離を取ってからニコリと微笑んだ。


「アーテル殿下、少々お話をさせていただいても?」


 先ほどのラファエルの言葉をきいたアーテルが、断れるはずがない。黙ったまま、コクリと頷くと、ラファエルは笑みを深めた。


「では、ご案内させていただきます。こちらへ」


 ソリス城を迷う様子もなく歩くラファエルに、アーテルは警戒しながらついていく。この人物が何者なのか。どんな人物なのか。全くアーテルは知らない。アーテルの警戒はラファエルに伝わっていたのだろう。ラファエルは、アーテルがラファエルの速度についてくることができているかを確かめるために何回も振り返っていたが、あまりの警戒ぶりに苦笑していた。


「僕はそんなに怪しい者じゃないですよ」


 しかし、そんなことを言われてすぐに信じられる者はいない。アーテルは愛想笑いを浮かべた。その笑みが作ったものであると見透かしたラファエルは、困った笑みを浮かべる。


「これでも、貴方が弟のように可愛がっていたロジュ様の側近なんですが」


 ノクティス国へ、もしくはアーテルだけかもしれないが、ラファエルのことまで情報が回っていなかったのだろう。アーテルは意外そうな表情を浮かべた後に、納得したような表情を浮かべた。


「最初は意外に思いましたが、確かに貴方はロジュが気に入りそうな方ですね」


 思わぬアーテルからの評価に、ラファエルは首を傾げた。


「続きが気になりますが……。部屋に着いてしまいましたので、後で伺いましょう。こちらになります」



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