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四、誰も知らない求婚

ウィリデは知らない、彼が死んだ後にあった話。

(時間がまき戻る前)

「私を、あなたの夫にさせていただけませんか?」


 言葉だけを聞けば、プロポーズだろう。しかし、ここには愛など存在し得ない。

 リーサは冷たい目でその人物を見る。リーサの瞳はどこまでも冷酷で、相手を見定める視線を隠そうともしない。


「兄上が亡くなり、お葬式をした次の日だというのに、非常識ですね」


 しかし、彼女の言う『非常識なこと』を口にする人物の表情は至って真剣だ。


「それでも、ウィリデ先王陛下が大切にしていたこの国、シルバ国を守りたいのです」


 悲痛な色の宿る目で、頼み込んでいる人物、ロジュ・ソリストはリーサの苦手な人であるが邪険にできる身分でもない。


「あなた、ソリス国の第一王子ですよね? ソリス国で次の王になれるかもしれないのに、その座を捨てるというのですか?」


「はい。それについては問題ありません。お願いいたします。リーサ国王陛下」


 ロジュにとって、ウィリデがいない世界で王となるより、ウィリデが愛したものを守る方が重要だ。だからこそ、ウィリデの愛した地に行きたい。そう考えた末のリーサへの求婚。十六歳のロジュなりに考えた最善だった。


 自分が国王となる以外の選択肢がなかったリーサには、強力な後ろ盾が必要なのは事実だ。まだ二十歳になったリーサにこの世界で優秀と名高いロジュが味方になってくれるのは、合理的に考えると、ありがたい。しかし、リーサは嫌悪感を隠しきれなかった。



「ロジュ第一王子殿下、あなたの気持ちは分かりました」


 リーサにもメリットがある話。しかし、あくまでもロジュからの頼みだ。リーサには選択権があり、条件をつけることができる。


「しかし、私もいきなり受け入れることはできません。ですから、あなたの誠意を見せてください。これは内密な話なのですが……。兄上は誰かに殺されたのです」


 死因について公表をしていなかった。犯人が、突き止められていない。犯人が誰か判明していないのに、公表した場合、リーサの王としての素質が疑われる。調査に対して割く人員がいないことを、他国にも自国民にも悟られてはいけない。リーサには重すぎる王の座だが、リーサは手放すという選択肢もとれない。

 ウィリデが殺されたというリーサの言葉を聞いてロジュは目を見開いた。


「ウィリデ陛下が……? でも、彼の方ほど嫌われない才能を持つ人はいないと思うのですが……」


 ロジュの困惑にリーサは頷く。リーサだって、不審に思っていた。


「ええ。兄上は多くの人に慕われていましたから。それに、嫌われないようにするのが得意でした」


 人は好かれることもあれば、嫌われることもある。全員から好かれるのは不可能、というのが一般論。

 それでも、ウィリデ・シルバニアは例外だった。彼は相手に合わせながらも自分の核となる部分を殺さないことに長けていた。だからこそ残る疑問。一体、誰がウィリデを殺したのか。


「ロジュ第一王子殿下。一ヶ月以内に兄上を死に追いやった人間を探してください。それができれば王配の座を差し上げましょう」


 リーサはロジュのことを別に好きではない。しかし、もし兄の仇がうてるのなら、役に立つと証明できるのなら、手段として使ってやろうと思った。

 自国の統治に集中しなくてはいけない時期であるシルバ国からは、ウィリデを殺した犯人の調査に多くの人員を割けない。だから、調査能力の高さに定評のあるロジュを使えるのは、大分助かる。ロジュが裏切らない確証はないが、それはウィリデに対するロジュの気持ちに賭けてみるしかない。しかし、ウィリデへの気持ちが、小さくないことを知っているリーサにしてみれば、忌々しい気持ちが拭えないが、この賭けについては勝ちが確定だろう。


「かしこまりました。生きたまま連れてきた方がよろしいでしょうか?」

「可能ならそれで。ですが、息をしていないとしても及第点は差し上げます」

「承知しました」


 ロジュの瞳に強い色が宿るのを見て、リーサは興味のなかったロジュに少しだけ興味が出てきた。大事な兄、ウィリデの弟面をするロジュは気に入らないが、この瞳だけは好みかもしれない。


「では、よろしくお願いします」


 それだけロジュに向かって言うと、リーサは部屋を出た。やる事が、たくさんある。ウィリデの死の悲しみにもっと浸っていたいが、そんな暇はない。

 リーサの立場はそれを許さない。

 ウィリデの愛したこの国を守らなくては。



 しかし、リーサのその決意も一週間後には無駄なものとなる。

 世界はそれ以上続くことはなかったのだから。

 この地に墜ちた太陽は、容赦なく全てを燃やす。


 燃え落ちるこの世を見て、リーサはこの力はロジュの物だと悟った。

 太陽を堕とせるまでのフェリチタからの寵愛を受けている人はロジュ以外に聞いたことがない。

 ロジュの感情をここまで揺さぶれるのは、おそらくウィリデを殺した人物くらいだろう。光を失ったようなロジュの瞳を思い出したリーサはそう考えた。

 もし、自分がロジュに、ウィリデを殺した犯人を見つけるように焚き付けなければ、こうならなかっただろうか。

 後悔。それはリーサの頭を過るが、だからといってどうしようもない。リーサにも、この世界にも終わりが近づいているのは紛れもない事実。


 もし、もう一度繰り返せるのなら、ロジュ・ソリストと言う人物を知ってみたい。彼に対してよく知らないまま苦手意識を持っていたが、ロジュの本質に触れてみたい。


 リーサは燃えさかるシルバ国を見ながら考えていた。ゆっくりとリーサは目を閉じる。


 リーサの最期の願いを知るものは、どこにもいない。彼女自身すら、この時の記憶は残っていないのだから。


 


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