五十五、特殊な加護の存在
「ロジュ様、提案があるのですが」
その日の夜。ロジュの管轄にある仕事が大方片付いたとき、ラファエルがロジュに声をかけた。
「今度はなんだ?」
ウィリデを呼びつけたことを忘れていないロジュは、疑わしげな目をラファエルへと向ける。
「側近が僕以外にも欲しくないですか?」
ラファエルはニコニコしながらロジュへと告げる。ラファエルが自分以外の側近を提案してくるのは意外ではあったが、それもロジュのためなのだろう。
「誰を推薦する気だ?」
「シユーラン・ファロー第一王子殿下です」
「他国の第一王子……。彼は王太子ではないんだよな。こちらに引き込めるか?」
先ほどもラファエルが名前をあげていたシユーラン・ファロー。ファローン国の第一王子で、ファローン国では無能扱いされている。しかし、ラファエルの見立てでは相当頭が切れる人物だそうだ。
「引き込めるか、引き込めないかは情報を探ればどうにでもできると思います。今重要なのは、ロジュ様が自分の側に置く人間を増やすことに抵抗があるか、ないかです」
現在、ラファエルは押し切られる形で側近にしたが、他に側に置いている人間はいない。将来的に王となることを考えると、いた方がいいのは事実だ。
「そうだな……。興味はある」
ロジュと境遇が似ていて、それでいて自由を奪い取られている王子。ロジュが、たどるかもしれなかった道を進んでいる人物。また、ラファエルがウィリデやロジュに対抗しうる頭脳を持ち合わせていると称する人。もし、高い頭脳を持っているとしたら、なぜその境遇に甘んじているのか。ロジュの興味を誘うのには十分な人物だ。
その言葉をきいたラファエルはニコリ、と笑う。
「ロジュ様はそうおっしゃると思っていました」
「でも、シルバ国の密輸事件に関わっていないという確証が得てからだな」
「それは勿論です」
ラファエルはシユーランがシルバ国の動物密輸事件に関わっているとは思っていない。しかし、万が一の場合がある。もしかしたら、シユーランという王子は、ラファエルに「犯人ではない」と欺ける犯人である可能性があるからだ。ロジュがラファエルの目を疑っているわけではないが、危険分子は増やさないのが合理的だろう。
「ラファエル、シユーラン殿下の資料はあるか?」
「はい。こちらです」
シユーラン・ファロー。透き通るような水色の髪に赤茶色の瞳をもつ。父親は現在のファローン国の国王。母親はマーレ国の貴族出身。フェリチタの加護は受けていないとされている。
「彼がマーレ国のフェリチタ、海もしくは海洋生物から加護を受けていないか、は確認が取れているか?」
「はい。どちらでもなかったそうです。リーサ様の件が公表されてから、ファローン国王は大急ぎで確かめられたそうですが、結果はなし、とのことです」
ロジュは資料をパラパラとめくりながら、考え込む素振りを見せた。シユーランがフェリチタの加護を全く受けていない可能性も勿論あるが、加護を受けていることが表に出ていない、と言われた方が納得できる。この王子が隠している可能性もあるが、「力こそ全て」と言われるファローン国に生まれた王子が隠すとは思えない。実際、幽閉の噂があるくらいだ。
「最近、研究していることがあるんだが、フェリチタは本当に各国に二つずつだと思うか?」
「……? 違うのですか?」
通常、そのように習ってくる。フェリチタは国に二つ存在しており、守り神のような存在である。その国の民に加護を与え、加護を持っている人間はその力を借りることができる。力を借りて何ができるかはフェリチタによって異なる。それが今までの通説であった。
「俺の仮説だ。それ以外に特殊なものから加護を得る場合もあるかもしれない」
確証は何もないが、ロジュが立てた仮説はそうであった。
「それでは、シユーラン・ファロー第一王子殿下のフェリチタは何だと思いますか?」
「そうだな……。ファローン国とマーレ国の血筋。ファローン国のフェリチタは雷と雨。マーレ国のフェリチタは海と海洋生物。シユーラン殿下の髪色は水色。髪色にフェリチタからの特徴が出る人間と出ない人間がいるが、出ていると仮定すると……。水に関係がありそうだな。雨から水が流れつくのは海。その道中を通るのは川。もしくは海の水は蒸発して雲になる。蒸発している最中の空気。雲、だとベイントス国だが、ベイントス国の血筋は入っていない……」
ロジュはラファエルがいることを忘れたかのように自分の考えを呟く。ラファエルはロジュの思考を邪魔しないように息を潜め、伏し目がちに思考するロジュのことをほとんど瞬きせずに眺めていた。
「ああ。悪い、ラファエル。考えることに集中していた。結論から言うと、俺の仮定が正しい場合は川か空気。仮定が間違っているなら雲が俺の予想だ」
「大丈夫です。川、空気。もし、空気だとすれば、とんでもないことですね」
「そうだな。全人類はシユーラン殿下に命を握られているといっても過言ではなくなる」
人の生命において重要なものである空気。それを操ることができるとすれば、全人類の呼吸は彼によって止められるかもしれない。
「まあ、根拠もない予想だ。しかし、興味深いな」
ロジュは口の端をつり上げて笑った。シユーランが相当ロジュの興味を引いていることに、ラファエルは驚かない。嫉妬もしない。ラファエルはロジュの近くにいられることが幸せだ。 ロジュが自分以外の人に興味を持ったとしても、自分が捨てられるかもと不安になることはない。ロジュはそんな薄情な人間ではない。それに、捨てられるとしたら利用価値のない自分が悪い。
ラファエルがロジュへと向ける信頼。それは簡単にほつれることはない。
むしろ、ラファエルはロジュに利用できるものは利用してほしいと思っている。それは、自分のことも含む。
「早急にシルバ国の動物密輸事件を解決させなくてはいけませんね」
シユーランとは関係なく、シルバ国の動物密輸事件は解決しなくてはならないが、シユーランに会うためにも解決が必要となる。
「その話なんだが、少しだけ気になる人物がいる」
ロジュに言われて、ラファエルは考える。誰か、見落としている人間がいただろうか。
「……――はどうだ?」
ロジュが出した名前に、ラファエルは目を見張った。ラファエルにとっては予想外の人物。しかし、ロジュが口にしたからには、無視できない。
「確認します」
「頼んだ。俺も調査する」
ロジュとラファエルは互いに頷き合った。五年も経ってしまったため、証拠も証人もすぐには見つからない。犯人は尻尾を見せない。それでも。広大な砂浜で落とした宝石を探すような難易度だとしても。彼らに諦める気はなく、仮説を元に調査を進める決意をした。




