表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/228

五十四、出し抜ける人

「ついでだ、テキュー。この件に関するお前の考えは?」


 ロジュからの視線が自分に向いている。その視線に、その事実に全ての意識が持っていかれそうになるが、テキューは奥歯を強く噛んで意識を聞かれたことへと向ける。


「そうですね。僕はこの件に関してほとんど知らないのですが……。そもそも本当に黒幕が存在しているのか、ということが疑問に思います」


 テキューはこの事件に関して、ほとんど知ることはない。

 黒幕が本当にいるのなら、ウィリデやロジュの調査をかいくぐっていることとなる。いくら五年前の話だからといって、そんなことは可能だろうか。


「絶対に、いる」


 ウィリデが迷いなく言い切る。いつも温厚な彼の瞳に浮かぶ燃え上がる色に、テキューは思わず息を呑んだ。


「時期を調べた。動物が少なくなった時期。そして、裏ルートで動物が売られ始めた時期。その時期は同じだった。密輸、そして販売はある時期から、突然始まったんだ。それ以前は零だったものが、突然。しかも少しずつ増えていったのではなく、いきなり一定数。誰かが仕組んだ、と考えるのが自然だろう」


 五年以上前は確実になかった。それはウィリデが言い切れる。急に始まったのはなぜか。誰かが何かを吹き込んだと考えるのが自然だ。


「でも、ウィリデ兄上とロジュ様を簡単に出し抜ける人がいるんでしょうか?」


 リーサもテキューと同じような疑問を提示する。それは、ウィリデやロジュが引っかかっていたことだ。


「ラファエル。お前の人脈は広いだろう。多くの人間と関わった中で、気になる人物はいるか?」


 ロジュからの質問に、ラファエルは考え込む。知り合いが多い、ということがこのような形で役立つとは思っていなかった。しかし、多すぎて自分の中で整理するのには時間がかかる。


「難しい質問です。……。そうですね。ファローン国の王族、シユーラン・ファロー第一王子殿下は特に頭が切れると思いますが、今回の件に関わっていないでしょう」

「シユーラン・ファロー。彼はファローン国の第一王子だよな。なぜそう思う?」


 ラファエルが挙げたのは、ファローン国の王族。しかし、能力については評価しながらも、彼が黒幕であるとは、ラファエルは思っていなさそうだ。その理由をロジュが尋ねる。


「なぜなら、シユーラン殿下は幽閉されているとの噂があります。彼は、フェリチタからの加護が少ない、というかほとんどないせいで、無能の烙印を押されているそうです」


 ロジュがその話をきいて、少し顔をしかめた。ロジュが、たどるかもしれなかった道。ロジュに加護が少なければ、同じように幽閉されていたかもしれない。使い道がない、王子として。


「ファローン国では特に力を重視されますものね」


 リーサも痛ましそうな顔をしていた。リーサ自身も、炎の加護があると知るまでは、フェリチタの加護がほとんどない、と思われていた。そのせいで苦労があったのだろう。彼女も他人事と感じられなかった。


「他はいるのか?」


 ウィリデがラファエルへ問いかける。ラファエルは再び口を開いた。


「気になった人物を挙げるならば、ノクティス国の王族、アーテル・ノクティリアス第二王女殿下ですかね?」


「その方も頭が切れるのですか?」


 リーサからの質問にラファエルは微妙な表情をする。王族について「頭が切れるわけではない」といえば不敬にあたるだろう。


「そうですね……。努力家ではありますが、天才的な頭脳、というわけではない、と認識しております。僕が気になったのは、アーテル殿下の経歴ですね」

「経歴? そんなに特殊なのですか?」


 テキューからの疑問を受け、ラファエルはその人のことを思い出す。


「めちゃくちゃ特殊、というわけではないです。ただ、一時期旅に出ていらっしゃったらしいです。ですから、実行犯に情報を吹き込む隙はあると思います」


 それだけを聞くと、アーテルという王女である可能性が浮上してきそうだ。しかし、ラファエルは首を振る。


「でも、僕は違うと思います。彼女は、心優しい人物として有名でありますし、僕がお見かけした際にも、同じ印象を持ちました。彼女は、『銀の女神』と呼ばれているようですね。ここだけの話ですが、どちらかと言えば、優しすぎて搾取されるタイプと感じました」


 不敬と取られてもおかしくないことをラファエルは口にした。しかし、それくらいラファエルはアーテルを疑っていない。彼女はお人好し、という印象であり、シルバ国に害を与えそうな人物ではない。


「ウィリデ陛下は、アーテル殿下のこと、ご存じですよね?」

「え? おそらく知らないが」


 当たり前のように知っていると答えると考えていたラファエルであったが、ウィリデが違う返事をしたことで目を見開いた。


「……え? そう、なんですか?」

「私が知っているはずの人物か?」


 ラファエルは訝しげな表情をする。まるでウィリデが知っていることを確信していたような。そんな表情に今度はウィリデが訝しむ。


「いえ。申し訳ありません。僕の勘違いだったようです」


 ラファエルが緩く首を振った。彼はそのことについてそれ以上深掘りすることはなく、話を続ける。


「今お二人のお名前を挙げさせていただきましたが、ほぼ違うと思っております。お力になれず、申し訳ありません」


 ラファエルからの言葉に、ロジュが首を振る。


「いや、助かった。お前が二人の名前しか挙げないということは、シユーラン殿下以上に頭が切れる人はいないし、アーテル殿下よりも気になる動きをしている人はいなかった、ということだろう。それが分かっただけでも十分だ」

「そうだね。ロジュ、引き続き調査を頼むよ」

「分かった」


 調査が行き詰まっているのは事実だ。しかし、ロジュは諦める気はない。声を出さないように息を吐きながら、元の席へと戻った。



「お茶の準備をしますね」

 リーサがその場にいる人に一言伝え、席を立った。ソリス国の王位継承の話やシルバ国の動物密輸事件へと話は逸れていたが、今回の本来の目的はロジュが出されたお茶を飲めるかどうかだ。それを思い出したリーサが準備をしに向かう。


「もう、大丈夫だと思いますけど」


 ラファエルが呟いた。特に誰にも聞かせるきはない声だ。ラファエルは、確信している。今後ロジュが紅茶を入れるときに思い出すのは、毒の事件ではない。ウィリデが入れた渋い紅茶だ。ウィリデは意図的に苦い思い出から明るい思い出へと変換させることに成功したのだから。ラファエルはチラリとウィリデを横目で見るが、ウィリデは微笑み続けるだけであった。

 そして、ラファエルの予想通り、ロジュが紅茶を飲めないことはなかった。リーサの入れたものも、リーサが連れてきていた使用人が入れたものも大丈夫であった。解決した、ということでこの集まりは解散となった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ