五十三、真か偽か
ロジュは感情をなくした目で、テキューへ短剣を突きつけ続ける。テキューの僅かな反応すら見逃さないように、藍色の目をジッと凝らすが。テキューが嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。これは、どっちだ。真か偽か。ロジュは見極めるように目を細めた。
テキューは勿体ぶるようににこりと笑う。ロジュは警戒を一層強めたが、テキューは抵抗をする様子はない。
「ロジュお兄様の手で殺されるのあればそれは本望ですが……。それですと真相が有耶無耶になりそうなので、明言しておきましょう。この件に、僕は何も関わっていません」
テキューは違うと否定した。しかし、ロジュはテキューに向けている短剣をしまおうとはしなかった。
「ウィリデ陛下。貴方が見極めてくれ」
ロジュがテキューに短剣を向けた状態のまま、ウィリデの名を呼ぶ。ウィリデはジッとテキューを観察した後、首を振る。
「おそらくテキューが言っていることは本当だ。テキューが黒幕なら、もっと勿体ぶるはずだから。だって、そっちの方が」
そっちの方がロジュの意識を、関心を引ける。
そう言おうとした言葉をウィリデは飲み込んだが、この場にいる人には考えていることが伝わった。ロジュは苦い表情をする。そんな感情を向けられて、どんな反応をすればいいのだろう。
「ロジュお兄様。貴方を安心させるためなら、フェリチタにも誓えますが、どうしますか?」
「……。俺は誓いをさせた方がいいと思うが、どう思う?」
フェリチタに誓う。それはラファエルがロジュの側近になる際に行ったように、未来の行動を誓うこともできるが、過去の自分の行動に対して、誓うこともできる。過去について誓うのは、嘘をついているかどうかを判断するために使うことが多い。もし、それが嘘であった場合は、フェリチタからの加護が薄まってしまい、最悪の場合はフェリチタからの加護がなくなってしまう場合もある。フェリチタからの加護が完全に消え去った人間の末路は、様々なものだが、最悪の場合は死。
だからこそ、嘘かどうかを判断するために役立つ。人に未来への誓いを強要することは違法である。なぜなら、将来の行動を縛り、制約することになるからだ。また、本人の強い意志がないと、フェリチタは承認しない、とされている。
しかし、過去に関してはこの限りではない。それが真実か偽りか。それを判断するために強制することは日常的には許されていないが、王太子となったロジュの持つ権限の一つだ。
ロジュは目線だけを動かして、ラファエル、ウィリデ、リーサに尋ねた。
「誓ってもらいましょう」
間髪入れず答えたのは、ラファエルであった。テキューがどれくらい本気で言っていたかは分からないが、ラファエルは容赦なく、笑顔で言い切った。そしてウィリデの方に視線を向ける。
「ウィリデ様もそれがいいと思いますよね?」
「……。ああ」
ラファエルとウィリデはテキューに一抹の信頼も置いていない。その二人はあっさりとテキューに対し、誓うことを要求する。
リーサも考えながら口を開く。
「ラファエル様が、フェリチタへの誓いを軽く捉えているのではないか、と一瞬思いましたが……。ウィリデ兄上がそうおっしゃるなら、異論はありません」
ロジュは頷くと、促すようにテキューへ視線を向けた。テキューは信頼のなさに肩をすくめる。
「承知しました。火を僕の方にくださいますか?」
「僕がつけますね」
ラファエルが蝋燭へマッチで火をつける。ウィリデがその炎から目を逸らしたことを、ロジュは疑問に思った。前にもあった違和感。リーサのフェリチタが暴走したとき、炎を見るときのウィリデの表情は強張っていた。ウィリデに、何があったのかを聞いてみたい。それと同時に自分の無力さをまざまざと感じさせられた。
自分に、力があれば。破壊するものではなく、人を守れるような力。そうすればウィリデに頼ってもらえたかもしれないのに。
ロジュは顔を陰らせた。
「ロジュお兄様、どうしました?」
目の前にいるロジュの表情が陰ったことで、テキューは思わず尋ねる。テキューに聞かれたロジュは暗い表情のまま、首を振った。
「何でもない」
絶対に何でもない人の表情ではないのだが、ロジュは否定する。横から見ていたラファエルはどこか戸惑うような色を薄紫色の瞳に滲ませた。ラファエルの予想が正しければ、ウィリデとロジュは。
お互いを苦しめあってしまう。
ラファエルは自分の予想に首を振った。荒唐無稽な話だ。まさか、そんなわけがない。そうだとしたら、あまりに残酷すぎる。お互いを大切に思っているはずなのに、様々な要因で苦痛すらも与えてしまう。そんな変な仮説を、ラファエルは心の中で一蹴しようとした。そんな馬鹿げたこと、あるはずがない。
しかし、ラファエルによぎった嫌な予感はしばらくの間消えることはなかった。
「テキュー第二王子殿下、こちらをどうぞ」
そのような自分の中の予感、考えをおくびにも出さず、ラファエルはテキューへと蝋燭を渡す。
テキューがその炎を前にして、手を組み、目を閉じた。
「我がフェリチタ炎へと誓います。シルバ国の動物密輸事件に僕が関わっていないことを誓います」
一瞬だけ、ブワリと炎が燃え上がる。それが、この誓いを認めた証であったのだろう。一度目映い光を放った後は、通常の様子に戻り、細々と火を灯し続けている。
テキュー・ソリストは嘘をついていない。それが確証としてとれた。
「疑って悪いな、テキュー。それでも、お前ではないと確証がとれたのは有意義な情報だ」
ロジュはテキューに突きつけていた短剣をスルリと手元に戻した。
「ロジュお兄様の役に立ったなら構いませんが。しかし、直接尋ねるということは、その事件の調査は進んでおられないのですね」
通常であれば、ここまでの強硬手段に出る必要はないだろう。しかし、もう五年も前の話だ。目撃者もほとんどおらず、調査が進んでいない。ロジュは苦い表情を浮かべる。
「お前の察しの通りだ。今後も進むか分からない。お前はともかく、他の要人にこうして確認を取るわけにはいかないからな」
弟であるテキューだから剣を突きつけることできたが、他の人にやるとどうなるか分からない。下手をすれば、戦争だ。黒幕や実行犯がシルバ国にしたことは戦争になってもおかしくはないことであったが、ウィリデの判断で今のところは交渉で解決している。その戦争を起こさないように交渉したウィリデの努力を壊してしまうことになる。だから、ロジュは慎重に動かざるを得ない。
あまりに進展がなさすぎて、ロジュの中で疑いが強まっていたテキューへ直接問いただしたわけだが。結局それも空振りに終わった。




