四十八、赤い瞳の慣習
「本日、僕がこの部屋に来た本題をお話しますね」
テキューだって用事がなく来たわけではないのだ。彼だって暇人ではない。重大な本題。ロジュの迷いを払拭するための大事な情報。それを持ってきたのだ。
テキューは歴史が好きだ。残っている資料から昔起こった出来事を想像、推測するのが楽しい。
「こちらをご覧ください」
テキューは机の上にドサドサと音を立てながら資料をのせる。
「ロジュお兄様。なぜ、ソリス国では『赤い瞳の王族のみが王になるべき』という慣習があったと思いますか?」
赤い瞳の慣習。それはロジュを幾度となく傷つけ、悩ませたもの。
「……。瞳の色が赤の人の方がこの国において長生き、というような理由があるとか。瞳の色が赤い人の方がこの国を正しく導いたという実績があるとか」
なぜ赤い瞳の人間が王になるという慣習があったのか。それはロジュも調べ、考えていた話だ。しかし、ロジュは答えを見つけることができなかった。だから、自分の中で推測としてもっていたものをあげる。
「どちらも残念ながら違います。一つめのお兄様の予想ですが、むしろ髪色が赤で瞳の色が赤ではない人間の方が、長生きしているのです」
そのテキューの言葉に、ロジュは首をかしげる。それなら、なぜ。しかし、テキューがここで寿命を言ったということは、無関係ではないのだろう。
「二つ目のお兄様の予想の方が近いですね」
テキューはニコリ、と笑うとウィリデの方を向いた。
「どうせウィリデ陛下は予想ができているのでしょう? さあ、どうぞ」
「ここで話を振るのか?」
ウィリデは面倒くさそうな顔をしながらも、彼の脳は動いているのだろう。ゆっくりと口を開いた。
「テキュー、お前が言いたいのは、『ソリス国において髪色が赤であり、瞳が赤でない人間の方がフェリチタからの寵愛を受ける』という話。違うか?」
「ご名答です」
思いも寄らない話に、リーサは目を見開いた。そんな話はきいたことがない。シルバ国でいう、髪色が緑で瞳の色が緑でない人物のほうがフェリチタから寵愛を受けるということなのだろうか。
テキューはパチパチとウィリデへ手を叩く。しかしウィリデはテキューに笑みを向けることはない。興味なさそうにテキューからは目を逸らした。
「なぜ、長生きをするのか。それはフェリチタからの寵愛を受けているからではないでしょうか」
テキューは、過去にフェリチタから深い加護を受けていた人の資料をだした。また別の資料でその人が何歳まで生きていたか、を見せる。
また、フェリチタからの寵愛が多い人の方が長生きするのでは、というのは以前からある仮説だ。テキューはその可能性が書かれた文書も、資料の山から引っ張り出す。
資料を見ていたラファエルは、その内容よりも気になることがあった。年齢の方の資料は、どう見てもソリス城の図書資料室にあるものではないのだ。
「テキュー殿下、その年齢が書かれている資料って、明らかに国家機密文書ですよね?」
「許可取ってないので、ここだけの話でお願いします」
国民の生死の記録が書かれている資料は簡単に持ち出していいものではないはずだったため、ラファエルは尋ねたが、テキューは悪びれもせずに言う。ラファエルは静かに目をそらした。
「それで、髪色が赤、瞳の色が赤以外の人間がフェリチタからの加護が多い。つまりどういうことかわかりますよね、ロジュお兄様」
「持つ力が強い。そういうことだろう?」
「その通りです」
それがまさに、ロジュだ。髪色は深紅で、まばゆいほどの赤でありながら、瞳の色は全く違う。
「それでは、話は変わりますが、こちらは歴代の王の記録です。こちらをご覧ください」
テキューは王が書かれている年表を取り出し、その中の一カ所を指さす。
「この王と次の王の間に妙な空白期間が空いていますね」
それをのぞき込んだラファエルが気づいたことを口に出す。それがテキューの求めている答えだったのだろう。テキューは首を縦に振る。
「そうなんです。この二人の王の間に空いているのは三ヶ月間。その間には王が不在だったのでしょうか?」
王の不在が三ヶ月。王位継承で争っているときはあり得るが、通常ではあり得ない。そもそも、王太子は王の一人目の子どもが二十歳になるまでに決めているのが通常。ロジュが王太子と決まらなかったのが例外だっただけで。
「つまり、その間に王がいた、というのがお前の予想だな? しかもこの場で言うということは、その王は赤い瞳を持たない」
「流石です。ロジュお兄様。この空白期間の後に王となった王子はその前の王の三男だったのです。それでは、長男や次男はどこにいったのでしょうか? 歴史から名前を消されてしまっているのですものね」
つまり、長男か次男のどちらかが空白期間に王となっていた、というのがテキューの予想だ。そして、それは国の歴史としては隠蔽されている。歴史書や教科書で名前が載ることはない、そんな存在へとなってしまったのだ。
「名前を消される……。残っていると国にとって都合が悪かったのですね」
リーサが思わず呟いた。名前を消されるほどの出来事がかつてのソリス国で起こったのが、想像できない。




