四十七、愛していないという本質
ラファエルは表情を明るくするが、その一方でロジュの表情は明るくならない。
「でも、結局これって、信用できる相手しか試していないよな?」
ロジュが世界で一番信用しているウィリデと側にいることを許したラファエル。結局のところ、信用をしているのだ。
「テキューでも呼んで試してみるか」
ロジュの冗談とも本気ともとれる発言に、ウィリデとラファエルは慌てた様子を見せる。
「いや、テキューは一番やめておいた方がいいよ。人体に害のない範囲でやばいもの入れてきそうだから」
「そうですよ。テキュー第二王子殿下は自分の血とか入れてきそうなタイプです」
「人聞き悪いですね。そんな変なことはしませんよ」
部屋の外から声が聞こえた。ドアを開けて入ってきたのはテキューとそしてリーサだった。
「ロジュ様、お久しぶりですね。お加減いかがですか?」
若緑色の髪をフワフワと揺らしながらテキューの後に入ってきたリーサは、久しぶりにロジュと会えたことに顔をほころばせる。
「久しぶりだな。おかげさまで元気だ」
「それなら良かったです」
橙色の瞳がほとんど見えないほど目を細めて満面な笑みを浮かべるリーサからは、心底嬉しいという感情がはっきりと伝わってきて、その感情に思わずロジュは目をそらす。
部屋に入ってきたリーサとテキューに視線を送っていたウィリデが微笑みながら口を開く。
「珍しい、組み合わせだね」
ウィリデはただ感想を言っているわけではない。リーサへ、なぜテキューと一緒にいるのか、という疑問をのせた目線を送る。
「兄上、そんなに怪しまないでください。こちらに伺う際にたまたまお会いしただけですわ」
リーサはニコリといつもの笑みを浮かべる。その様子にやましいことを隠す気配は一切なかったため、ウィリデは警戒を解いた。
「もう、兄上。自分の妹のことがそんなに信用できないのですか?」
リーサは冗談めかしてウィリデを睨む。自分を睨むリーサを見てもウィリデは特に焦る様子も見せず、軽く肩をすくめた。
「念には念を、というだろう?」
「兄上。本当に信頼していないのですか? ちゃんと目を見て言ってください」
「テキューよりは信頼しているから大丈夫だ」
「それは大丈夫なんですか……?」
リーサが思ったよりもウィリデの信頼を受けていないのかもしれない、とウィリデへ訝しげな瞳を向けるが、ウィリデは目をそらしている。
「リーサ、大事なことで私に言っていないことがあるだろう?」
「ええ? ありました?」
やっと目線を合わせてきたウィリデから責めるような瞳を向けられたリーサは、きょとんとして首をかしげる。大体の重大事項は伝えているはずだ。
「ロジュへの告白」
ウィリデが呟いた一言で、その場の雰囲気は一気に変わる。リーサの顔が朱に染まった。その事実を知っていたロジュとラファエルは表情一つ変えず、ウィリデとリーサのやりとりを見ている。その一方でテキューは動揺を隠しきれず、真っ赤な目を見開いていた。
「ちょっと、兄上。こんな所で言うのはやめてください。なんでご存じなんですか?」
両手で頬を押さえて恥じらうリーサはかわいらしい。しかし、ウィリデは容赦なく、自分の知っていることを暴露する。
「動物に頼むこともできるし、人を送り込むことも可能だ。方法なんていくらでもある。……リーサ。告白の返事が保留にしてほしいって言ったそうだな」
「もう。それ以上言わないでください」
リーサが涙目でにらみつけると、ウィリデはニコリと微笑んだ。微笑んだ顔をリーサへ向けているが、流し目で彼は別の所を見ている。彼は妹で遊んで楽しんでいるだけではないのだ。これはこの場にいる全員への牽制。
全て筒抜けている可能性を忘れるな、という警告。特にロジュに関することは。
主にラファエルとテキューへの警告だろう。ラファエルは顔を引きつらせた。ウィリデ・シルバニアという人間は思った以上に面倒くさい。告白をしたことまで報告しろ、だなんて、過保護以外の何物でもないだろう。
「ウィリデ陛下はやっぱり情報収集の能力が高いな」
ロジュは感心して言葉を発する。思った以上に暢気な発言に、ラファエルは思わず目を見張る。
通常察しのよいロジュが言葉の裏に込められた警告に気がつかないはずがない。人を疑うことに長けているロジュなら気がつけるはずだ。
しかし。ロジュは今のウィリデの言葉に込められた警告に気がついていないのかもしれない。一体、なぜ。
まず、ロジュはウィリデのことを盲目的に信じている。それがピースの一つであろう。しかし、それは全てではない。
ロジュはウィリデが自分をどれくらい大切にしてくれているか、気がついていないのではないか。大切にしてもらっているという事実には気がついていても、その大きさまでは気がついていない。
まるで、自分が愛されるはずがない、と思っているかのような。
ラファエルは自分でたどり着いた答えに、息を呑んだ。それが、ロジュ・ソリストの本質だ。彼は自分が愛されることに怯えている。自分へ向けられる愛を疑っている。
それは、自分自身のことを愛しきれていないから。
それなら、辻褄があう。ラファエルからの真っ直ぐな尊敬、友愛的な感情を受け取りづらそうにしていたのも。リーサからの告白に保留したのも。テキューからの気持ちにどこか目をそらしていたのも。親を含めた、人からの愛を信じきれないのも。
ラファエルはウィリデの方を見た。ウィリデはラファエルからの視線に気がついていない。ロジュの方をずっと見ていた。ロジュを見るウィリデの表情は寂しげで、悲しげだ。その瞳に宿る愛おしさにもロジュが目をそらしているのは、とても虚しいことに感じた。
「それで、結局テキューは紅茶を入れる実験台になってくれるのか?」
ラファエルの思考にも、ウィリデの表情にも気がつかなかったロジュは、テキューへと視線を送る。
ロジュが自分を見ていることに気がついたテキューは真っ赤な瞳を輝かせるが、すぐに困った表情へと変わる。
「ロジュお兄様のためなら、実験台でも何でも構わないのですが……。ロジュお兄様に紅茶をお出しするなら、百年くらい練習期間が欲しいです」
「つまり無理ってことだな」
テキューは割と本気で発した言葉だ。生半可なものをロジュに飲ませるわけにはいかない、という思い。しかしロジュはほとんど無視し、テキューの言葉を端的にまとめる。
「じゃあ、リーサ」
「ええ? 私ですか? それはどれくらいの関係と認めてくださっているのですか?」
「……。友人」
「……。分かりましたわ」
同級生とでも言われるかと思っていたリーサであったが、思った以上に素直なロジュの言葉に虚を突かれ、言葉を失いかけた。そして結果的に了承した。
ロジュから、友人と言われて断れるわけがない。いつもであれば友人以上には思ってもらえないのか、と軽口を叩くところであったが、それをする余裕もないほど驚いた。
「それでは、ロジュ様の目の前で入れるのと、奥で入れるのと、二通り試しますか?」
「それがいいかもな。それでお願いする」
「分かりました」
微笑んだリーサは、手を洗いに行くといい、別の場所へと向かおうとした。
「お待ちください、リーサ殿下」
席を立とうとしたリーサをテキューは少しだけ緊張した面持ちで制する。
ウィリデはチラリ、とテキューを見る。リーサが告白した話をきいても、彼が冷静でいるのは想定外だった。だから、それを上回るほど大事な話を彼は持っているのだろう。




