四十二、既定路線
ロジュとテキューが二人そろって会議室へと戻る。会議室には異様な静けさが広がっていた。
「ロジュ、テキュー戻ったか」
最初に二人に気がついたのはコーキノ国王だった。コーキノ国王が口を開くたびに貴族がビクビクするのは異様な光景だった。平然としているのは三大公爵くらい。
「……。何かございましたか、国王陛下」
気づかないふりをしていようと思ったが、事情が気になる。ロジュは尋ねることにした。
「ああ。ただ『お話』をしていただけだ」
お話。その内容は分からない。しかし、それが穏やかなものではなかったことは貴族の様子から想像できる。
コーキノ・ソリスト国王陛下。ロジュの父親である彼は一見穏やかに見えるが、苛烈さも持ち合わせる人物だ。そうでないと、彼は王になれなかったはずだ。彼は純粋な赤い瞳ではなく、赤と金が混じった瞳であったのだから。
彼の従姉にはリリアン・バイオレットがいる。この国の宰相であり、ラファエルの母親である彼女の瞳は美しい赤色だ。彼女の母親が先代のバイオレット公爵夫人であり、先代の王の妹であった。つまり、リリアン・バイオレットには王族の血がしっかりと流れている上で赤い瞳をもっていた。リリアン・バイオレットを王にという声もあったのだ。
それを押さえつけたのは、コーキノとリリアンだった。行動力があり苛烈さも持つコーキノと、冷静さと優れた頭脳を持つリリアンが手を組んだ。そしてこの二人に敵う人間はおらず、国での地位を安定させてきた。
その話を思い出したロジュは、絶対に穏やかな話し合いではなかった、と考えた。
だが、それはロジュの気にするところではない。
「会議を再開する」
コーキノ国王の声で部屋の空気が一気に張り詰めた。ロジュも真っ直ぐな姿勢で椅子に座る。
「ロジュ・ソリスト」
「はい」
「王太子になる意思は?」
ロジュは目を見開いた。これは本題に戻ったのだろう。ロジュの意思。そんなのは分かりきっている。
「ございます」
ロジュの中で、迷いも葛藤もあった。しかし、結論として残ったのは、ロジュは王になりたいということ。正統性や国の未来など、一度全てを放りだして考えたとき、その気持ちはロジュの中で煌めく。
それは生まれた瞬間からの責務であり、ロジュが無責任にも投げ出せるものではない。そしてロジュ自身の価値を証明するものでもある。
「それでは、異論のあるものは?」
コーキノ国王の問いかけに答えるものはいない。誰が始めたのかは分からないが、新たな王太子を祝って拍手が会議室に広がった。
ロジュは立ち上がって深々とお辞儀をした。
テキューの狂気を見せることで簡単に決定してしまったことに少し気になる部分はある。結局のところは消去法なのだろう。ロジュ・ソリストではなく、ソリス国の第一王子として手に入れたものであろう。
でも、それがなんだというのか。過程がどうであっても、手に入れた座、責任の重さは変わらないのだから。
認められていないのなら、これから認めさせていけばいい。ロジュは自身の能力を使い、全力を尽くすだけだ。
赤い瞳がなんだというのか。なくても王として申し分のないと言わせれば良い。
赤い瞳を持たないロジュには、今後の人の目は優しくないだろう。失敗をすれば、そこを突かれる。赤い瞳を持たない人間が王になったからだと言われる。下手をすれば自然災害が起きただけでロジュのせいにされるかもしれない。
それでもロジュはこの責任を投げ出すことはしない。彼の藍色は覚悟の色で輝いていた。
「一つ、はっきりさせないといけないことがあるな」
コーキノ国王は鋭い目を覗かせる。その視線はある貴族へと注がれていた。
その貴族は妙にテキューへ食い下がっていた貴族だ。ロジュの藍色の瞳に対して、侮辱をし、テキューの逆鱗に触れた第二王子派だった貴族。
「お前が、部下をソリス城に送り込んだな」
コーキノ国王の表情にはすさまじい怒りが包括されている。自分の開いた食事会で大切な息子に毒を盛られたのだ。平凡な罰で済ませるわけがない。
その貴族がしたことは、王族への侮辱と同義。
テキューがロジュを王太子に、と宣言した後なぜ食い下がったか。それは単純だ。
王太子、次期王に毒を盛ったとなると、重罪だ。
一王子に毒を盛るのよりも重い罪。
だからこそ、ロジュが王太子になることに一番抵抗感を示していたのだ。
計画的であり、明確な悪意を持った行動。
許されるわけがない。
「こちらが証拠になります」
この国の宰相、リリアン・バイオレット公爵がその貴族の前に、資料を置く。その置き方はどこか乱雑で、彼女も怒りを含んでいるのだろう。
その資料には毒の購入経路から、その貴族が購入した日付、ソリス城に送り込んだ使用人へ複数人を介して依頼したころなど、事細かに書かれていた。
これでも言い逃れられる人がいるのなら見てみたい。
その貴族の表情からは色をなくしていた。真っ白な顔で言葉を発しようとするが、コーキノ国王の威圧に負け、言葉を発せられない。
「連れて行け」
コーキノ国王の声で、軍の兵士がその貴族を連れて行く。おそらくこの後に取り調べがあり、屋敷の捜索が始まるのだろう。
「最近は少し甘くしすぎたかもしれないな」
ボソリと呟くコーキノ国王の声に貴族は身体を硬くした。
忘れてはいけない。為政者がただ優しいだけの人物ではないことを。国のための冷酷さも持ち合わせていることも。
コーキノ国王の若い頃はもっと、恐れられていた。時が経ち、舐められるようになったとしたら、それは王族としての威信に関わる。
コーキノはゆっくりと貴族を見渡した。彼の醸し出す威圧に動けなくなる貴族が多かったが。
「ソリス国王家、ソリスト家へと忠誠を誓います」
三大公爵家、クリムゾン家、スカーレット家、バイオレット家の当主が同時に席から立ち、片膝をついた。
それに合わせるように他の貴族も片膝をつく。
結局のところ、仕組まれたものだったのかもしれない。ロジュはこの光景を見ながら、そう考えた。コーキノ国王、三大公爵はどこから計画をしていたのだろう。




