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三十八、狂気の果てに

 会議前日。テキューの元を訪ねる人物が一人。

 深緑の髪に若草色の瞳。

 ウィリデ・シルバニア。シルバ国の王。

 ウィリデはロジュが目覚めた日の内にシルバ国に戻っていた。しかし、会議前日である今日、テキューの元を訪れた。

 彼が忌避しているテキューの元をわざわざ訪ねたのはそれ相応の用事があるからだ。

 ウィリデが好きで訪ねることはない。今も、これからも。


 ウィリデが自分の感情を無視してまでテキューの元を訪ねたのには理由があった。


「約束通り作ってきたぞ」


 ウィリデが自分の手で作ったルクスを手渡す。

 ルクス。それは特別な効果を付与されているアクセサリーを指す。作れる人はこの世界に数えるほどしかおらず、希少である。一つずつの費用も高い。

 それでも、ウィリデは以前テキューと約束を交わした。ロジュとクリムゾン公爵令嬢の婚約の話がなぜなくなったのか、という話を教える対価としてテキューが要求したのだ。

 ウィリデの本心ではテキューに渡したくない。しかし、約束は約束だ。

 それに、ウィリデは猛烈に嫌な予感が胸中をよぎっていた。テキューが何をするつもりなのかは聞いていない。しかし、テキューのことだ。ウィリデはもしかしたら、という一つの予感が浮かんでいた。


「ありがとうございます。ちなみに効果はなんですか?」

「――」


 ウィリデがテキュー以外に聞こえないよう、声を顰めて伝える。ウィリデの返答を聞いたテキューは目を見開いた。呆然、とした様子でウィリデを見つめる。


「ウィリデ陛下。僕の行動を全部お見通しなんですか?」


 テキューの質問に対し、ウィリデは溜息を吐く。


「お前の行動を全部わかってたまるか。お前がロジュに不利益を与えないのなら気にすることはない。お前に興味もない。でも、今回はわかった。……赤い瞳が邪魔なんだろう?」


 ウィリデの言葉にテキューは笑みを浮かべる。その表情が全てを物語っていた。ロジュへの執着で陰っていた表情とは少し違う。どこか晴れ晴れしさすら含んでいた。


「そうですよ。ウィリデ陛下、こういうところがあなたが言うところの『狂気』なんでしょう。でも、悪い気分ではありません。しかも、ウィリデ陛下のおかげで全てのピースが揃いました」


 ロジュの興味、関心、感情。なんでも良いから向けられればいいと、それだけを願っていた彼はどこにもいなかった。彼の赤い目は眩い光に満ちている。

 テキューにとっては、ロジュへの毒殺未遂は相当ショックだったのだろう。今まで他者から向けられた言葉を考え、彼が覚悟を決めるほどには。


「……」


 しかし、ウィリデがテキューに向ける瞳には何の感情もなかった。ウィリデはテキューの変化に特段の感情は抱かなかった。 ウィリデにとって、テキューに向く感情が変わることはない。変わってたまるか、とすら思っている。

 ウィリデは用は済んだ、とばかりに背を向けて立ち去った。

 テキューは呼び止めることはせずにウィリデからもらったルクスを無くさないようにしまう。テキューもウィリデが自分に向ける感情が変わらないことに対し、傷つきもしなければ、気になりもしない。

 この二人の関係が良い方向へ変化することはない。


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