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三十五、密かな邂逅

 ロジュの部屋。自分のできる限りのことをすませたウィリデが静かに入ってきた。

 部屋には先ほどまでは医師や看護師がたくさんいた。しかし、今は誰の気配もない。


「ロジュ」


 そっと呼びかけるウィリデの声はどこか弱々しい。彼は震えそうになる手でそっとロジュの頬に触れる。

 ロジュはいつもより、顔色が悪い。その色は紙のように真っ白だ。いつも以上に人ではない存在にみえ、まるで人形のようだった。ロジュの苦しげに動く表情や苦しげではあるが止まっていない呼吸によってのみ、彼の存在を確かなものだと表している。


「ロジュ、頼むから。私より先には、逝かないでくれ」


 ウィリデの懇願は、ロジュには聞こえていないのだろう。それでも、ウィリデは祈らずはいられなかった。

 ロジュを知る人物はロジュからウィリデに対する好意の方が大きいと思いがちだ。しかし、ウィリデがロジュのことを大切にする気持ちは決して小さいものではない。



「ウィリデ国王陛下、あなたが先に亡くなった末路をあなたは知っているのでしょう」


 突如後ろから聞こえた声。部屋に気配はなかったはずだが、一人だけいたことにウィリデは今更気がついた。


「君は……」


 ウィリデはゆっくりと振り向いた。情報としては知っているが、ウィリデはこの人物と会うのは初めてだ。


 桃色の髪、薄紫色の瞳。

 ラファエル・バイオレット。ロジュの唯一の側近。

 彼はいつもの柔らかい、ふわふわしたような雰囲気ではなく、表情なくそこに立っていた。


「こんにちは。僕は、ラファエル・バイオレットと申します。直接お会いするのは初めてですね、ウィリデ国王陛下」


 その浮かべる表情は、いつものものと全く違う。ウィリデに向ける感情は特にない。それが逆に違和感を生む。初対面の隣国の国王に対し、緊張も動揺もない。


「君も、同じか。バイオレット公爵令息」


 ウィリデの表情に影が入る。同じ、が表すところはお互いは察している。しかし、他の人はわからないだろう。


「テキュー第二王子殿下も、でしょうか」

「ああ。残念ながら」


 三人だ。共通の秘密を抱えることになったのは。その人数は少ないと嘆けばいいのか。同じ秘密を共有できることに喜べばいいのか。


「ウィリデ様、とおよびしても?」

「ああ」

「ありがとうございます。ラファエルとお呼びください。それより、ウィリデ様はテキュー第二王子殿下を恨んでいらっしゃらないのですか?」


 ラファエルはいきなり聞きたかったことに入る。


「聞くまでもないだろう。できることなら今すぐ……」


 その言葉をウィリデは飲み込んだが、彼は殺意を隠しきれていなかった。その殺意を目にしてもラファエルは平然としている。


「そうだと思っていました。しかし、それを飲み込んでいるウィリデ様は大人ですね」

「褒め言葉として受け取ろう」


 ロジュの存在がこの部屋にあったからこそ、ウィリデの殺意はすぐに霧散する。ウィリデはラファエルに背を向け、壊れ物を触るようにロジュに触れる。その体温が正常な温度であると確認することで少しだけ心を落ち着かせることができた。


「ウィリデ様、協力しませんか」

「協力? 何にだ?」

「わかっていらっしゃるでしょう。悲劇を繰り返さないために、ですよ」


 ラファエルがそこまで言うと、ウィリデはロジュにむけていた目をラファエルに向ける。そのウィリデの瞳には冷たい色が宿っていた。


「私が、自分の力のみでは成し遂げられないと?」


 勿論ウィリデは、自分が完璧で万能で有能とは思っていない。しかし、ウィリデ・シルバニアが甘く見られるのも本意ではなかった。

 また、ウィリデの言葉は決して大袈裟なものではなかった。今回の件の収束にウィリデの存在がないと対処が追いつかないは事実だ。ウィリデは自分にどんな能力があるか、正しく認識している。

 ロジュを守りきれなかったとしたら、自分の能力に価値はないが。


「そうではありません。ウィリデ様のお力は重々承知しております。ですが、二度と、失敗はできないのです。ですから協力者が欲しいのです」


 ラファエルが言うことも正しい。ウィリデが優秀であるからと言って、全ての対処ができるかわからない。


「ウィリデ様、あなたの弱点を補えます」


 そう言ってラファエルが取り出したのは剣であった。彼の父親は軍の上層部。ラファエルはその父親に幼い頃から指導されていた。


「分かった」


 ウィリデはため息をついて返事をする。ウィリデには致命的な弱点があった。ウィリデは武力の面はそれほど強くない。ウィリデが暗殺者に襲われた時、自分の身さえ守り切れるか怪しい。できて時間稼ぎくらいだろう。ウィリデの得意分野は、暗殺者が送り込まれないように、敵を作らないよう立ち回ることの方だ。戦いに持ち込まれたら確実に負ける。


「協力をしよう。全てはロジュとこの世界のために」

「はい。よろしくお願いします」


 この二人の接触を知る者はいなかった。テキューでさえも。


 外は雲が見えなくなり、太陽がのぞいてきている。ベイントス国はウィリデの要求をのんだと悟る。

 きっと、うまくいく。ロジュを失うなんてことはしない。

 ウィリデはロジュの手を握りしめながら、祈るようにそう思った。



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