三十三、裏目
「それで、ロジュは?」
ウィリデに浮かぶのは焦りだけ。笑みなんて浮かべている余裕はない。彼は時間を惜しむように、コーキノ国王を問い詰める。
「ウィリデ陛下はどこまでご存知で。それより、どうやってこんなに早く情報をつかんだのですか」
ソリス国王のコーキノに会ったウィリデはいつもとは全く違い余裕のない表情でいるが、コーキノ国王はそれよりもウィリデがこんなに早くソリス城に辿り着いた方法が気になっている。
まだ、情報は漏れていないはずだ。厳しく情報を統制しており、城の外には伝わっていないと思っていた。
「ああ。そのことですか。私は以前ロジュにルクスを渡しました。主な効果としてはフェリチタからの加護を強めるお守りのようなもの。ですが、持ち主の身に危険が生じた時、私のもとに通知が届くようにしていたんです。その効果は一度きりですが」
その効果をつけたのは本当におまけであった。試してみよう、くらいの気持ち。だからこそ、ロジュに渡したブレスレットの対となっているウィリデのブレスレットが点滅し始めた時は驚いたものだ。
「だから、ロジュの身に危険が生じたことしか知りません」
「ウィリデ陛下」
「……テキュー」
ウィリデとコーキノ国王が話している空間に割って入る声。テキューだ。
「ウィリデ陛下、ロジュお兄様を確実に救えるのはウィリデ陛下しかいないと思います。ヴェール殿下と連絡を取れますか?」
「ヴェールと? つまり毒か。分かった」
ウィリデはテキューの言わんとすることを一瞬で理解する。ロジュは毒の耐性が会ったはず。それでも耐えられないということは。
ウィリデがゆっくりと窓を開ける。
「我がフェリチタよ」
囁くように声を発した後、祈るように目を閉じる。ウィリデの近くには一羽の鳥がやってきた。ウィリデはコーキノ国王に頼んで紙とペンを頼むと、スラスラと文字を書く。すぐに書き終わった紙を鳥の足にくくりつけた。
「お願いします」
ウィリデの囁き声と同時に鳥が飛び立つ。すごい速さだ。
「一時間、いや三十分以内には返事が来るでしょう」
ウィリデがテキューとコーキノ国王に向かってそういった。二人とも、ウィリデがフェリチタに頼るところを見たのは初めてだ。
「何があったか、お話を聞きたいです。コーキノ陛下はお忙しいでしょうから、テキュー、教えてくれ」
有無を言わさない空気に、テキューは抗うことなく頷いた。
コーキノがその部屋から出て行った後はテキューとウィリデの二人の空間だ。
ガン、とウィリデとテキューの間にある机が音を立てる。ウィリデが椅子から立ち上がった時に当たった音だ。ウィリデは立ち上がってすぐにテキューの胸ぐらを掴み上げていた。少しでも余計な動きをすれば、刺されそうなほどの雰囲気。
「テキュー、お前が企てたことじゃないよな?」
ウィリデが纏う雰囲気は重苦しいものだ。彼の瞳の鋭さは、研がれた剣のようだ。ウィリデは本気で、テキューのことを疑っている。
「そんなわけないです。ロジュお兄様を苦しめることはしません」
ウィリデは怪しむようにテキューの目を見た後、ため息を一度ついた。
「本当なんだな?」
「もし、違うという言葉が信じられないのであれば、フェリチタへの誓いをしましょうか?」
ウィリデは考えるように押し黙った後、再びため息を吐くと共に口を開いた。
「分かった。一旦は信じる。それで状況を教えてくれ」
テキューの胸ぐらから手を離したウィリデに言われたテキューは、状況を説明した。できるだけ詳しく。ウィリデが解決の糸口になることを願いながら。
「なるほどな」
ウィリデは考え込む様子をしばらく見せた後、若草色の瞳をテキューの方へ向けた。
「私の考えは、推測に過ぎない。今ある情報での考えられる推測。それでも大筋を外しているとは思わない」
「もう、思いついたのですか」
「ああ」
ウィリデは話を整理しようと、一度目を目を閉じた。目を開いた後のその瞳に含まれるのは冷え冷えとした空気。
「まずは、ほぼ確定していることから。テキュー・ソリスト。自分の派閥の統制くらいはしっかりしろ」
その言葉がウィリデの予測の全てを示している。
そしてそれはテキューが薄々気がついていたことだった。
「やはり、第二王子派の行動ですか」
「ああ。お前は第二王子派に所属する人間の行動を制限していないだろう。大体放置してきた。最も今までは目立った行動はなかった。たまにロジュに暗殺者を送る程度だった」
テキューは自分が王になる気はあまりない。ただロジュからの関心や感情を得るための道具として利用していたに過ぎない。だからあまり自身の派閥と呼ばれるものに干渉をしてこなかった。
しかし、それが今回裏目に出てしまった結果となる。テキューの知らないところで、本気でロジュを殺そうとした。暗殺者程度、という言い方が正しいかはわからないが、少なくともそれでロジュを害することはできない。しかし今回の毒は、別だ。あまりに強力すぎた。




