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三十二、ヒーローになれない

 テキューは考える。自分にできることは、一体何か。

 テキューの大好きな兄、ロジュは現在毒で苦しんでいる。ロジュを助けるための現在の指揮は父親であるソリス国王がしており全力で犯人を探している。ロジュを狙ったものなのか、それとも王族全員を狙ったものなのか。そして解毒剤はあるのか。


 ロジュの苦しげな様子からして、猛毒であることは確かだ。しかし、その特定ができていない。ソリス国のトップクラスの医師が必死で治療にあたっていると聞く。


 ソリス城全体がざわめきで包まれている。


 調査をしている間、テキューは自室で待つように指示されている。テキューは大人しく待っているが、ただ待っているだけでは落ち着かない。ロジュを助けるために、何かできないかと模索するが、結局思いつかず、自分の無力さに向き合うことしかできない。


 一人だけ。この状況をどうにかしてくれそうな人を思いつくが、その人と今連絡を取る手段はない。


 下手な動きをして、犯人と思われるのは困る。テキューは今回の件、何も知らない。大好きなロジュに毒を飲ませるなんてことをするはずがない。最も、一番疑われそうだが。


 医学の心得があったら、役に立っただろうか。

 テキューが無力さに打ちひしがれながら天井を眺めていると、一つだけ自分のできるかもしれないことを思いついた。


 テキュー・ソリストは兄、ロジュのことが大好きで陶酔している。ロジュの行動、関わる人、全部知りたい。そう思うくらいには。そして、テキューはその膨大な情報を持っている。ロジュの行動、そして関わった人。これを調べると何かわかることがあるかも、とテキューは思った。毒の打開策、もしくはそのヒントを持っていそうな人。


 資料を引っ張り出す。それは机に乗る量ではない。しかし、テキューは一つずつ、思考を巡らせながら見ていく。


「やっぱり、この人しかいない、か」


 テキューが見ているのは、一番この状況を打破してくれそうと元から思いついていた人だ。

 シルバ国王、ウィリデ・シルバニア。

 彼以上に高い地位の人間との接触はロジュにはない。ウィリデは地位だけでなく、能力も高く、そしてロジュを大切にする気持ちも大きい。


「ウィリデ陛下なら、切り札を持っていそう」


 ウィリデはテキューのことを心の底から嫌っており、テキューもそれは承知しているし、仕方のないことだと分かっている。ウィリデをここまで激怒させたのは自分の過去の行動であるから。それでも、テキューが見つけた一番手助けしてくれそうな人はウィリデであった。


「待った。ロジュお兄様がシルバ国を非公式訪問した時に接触した人はもう一人」


 ウィリデの存在に隠れていたが、ロジュはもう一人の人物と会っていた。

 ヴェール・シルバニア。ウィリデの弟であり、森に愛された人物。

 何かに気がついたテキューはヴェールの資料を漁る。ヴェール・シルバニア。彼の専門分野には「植物、特に薬草」と書いてある。


「彼なら、毒の種類、そして解毒薬を知っているかもしれない」


 一筋の希望。ソリス国よりもシルバ国の薬学が優れていることに懸ける必要がある。それでも、可能性はあるとテキューは考えた。

 シルバ国は五年もの間、国を閉ざしていた。だから他国からの技術の流入はまだ少ししかしていない。しかし、植物となれば話は変わってくる。シルバ国のフェリチタは森、である。他国に比べて何歩も研究や発見が進んでいる可能性は否めない。


 しかし、この可能性を信じるとしても、一つ解決しなくてはならないことがある。ヴェールに連絡を取ることができない。少なくともウィリデに連絡さえできれば、どうにかできそうだが。


 テキューは悩んだが、これを父に伝えることに決めた。自分が怪しまれるかもしれないと怯えるよりもロジュの命の方が大事だ。テキューはソリス国王を探して、部屋を出る。


 しかし、テキューの決意は意味をなさなかった。テキューがソリス国王、コーキノに意見を伝えるよりも先に、ウィリデがソリス城に訪問してきた。


 ロジュのヒーローは、いつであったとしてもウィリデであるのだ。テキューは諦めを感じた。きっと、自分がロジュにウィリデよりも好かれることはない。


 テキューの中で、ロジュはいつも一番大切な存在であるのに。

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