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三十一、食事会

「国王陛下と王妃様がいらっしゃいました」


 腹の探り合いのような空気は、この言葉で霧散した。三人とも、姿勢を正す。


 王と王妃が一緒に入ってくる。


 ソリス国王、コーキノ・ソリスト。橙色に近い赤の髪に、赤と金が混ざった瞳。この瞳も、彼が王になる際に物議を醸していたという。純粋な赤い瞳ではない人が、王となって大丈夫なのか、と。しかし、彼はそれを実力で黙らせたという。特に外交面では、周辺国をまとめ上げ、ソリス国の以前までの王よりもリーダーシップを発揮した。ソリス国に戦争を仕掛けられる国なんてない、というくらいには。


 ソリス国王妃、グレース・ソリスト。スカーレット公爵家出身。焦茶色の髪に橙色の瞳をもつ。彼女の髪色は派手ではない。だからこそ、橙色の瞳が一層際立って美しく見える。彼女は美しいため、求婚は後をたたなかったが、政略的な結婚で王と結婚することになったという話だ。噂では王妃は昔から王のことを慕っていたということを聞いたことはあるが、ロジュは真相を知るところではない。そもそもまともに会話をしたことはなく、人となりは知らない。ただ、意思の強そうな瞳をしているとだけ感じていた。


 ロジュはなんの感情も抱いていない目で二人みていたが、目があわないよう、すぐに視線を逸らした。特に王妃はロジュの瞳を嫌っているだろう。

 王妃が少し寂しそうな目でロジュを見たことなんてロジュは気がついていなかった。


 ソリス国王、コーキノがゆっくり口を開く。


「それでは、始めようか」


 食事会が始まってしばらくは地獄のような時間だった。少なくともロジュにとっては。誰も口を開かない。食器の小さな音だけが部屋に響く。外で降っている雨の音の方が大きく聞こえるかもしれない。普段は国王と王妃は一緒に食べることもあるようだが、他はバラバラだ。家族で集まって、一体何を話せばいいのだろう。何も思い浮かばず、目の前の食事に集中することにした。


「ロジュ」


 父親から急に名前を呼ばれ、内心では驚いたが、涼しい表情で返事をする。


「なんでしょう」


 ロジュはできるだけ目が合わないようにしながら、王へと返事をする。自分の藍色の瞳を恥じてはいないし、疎んではいない。しかし、相手に嫌な思いをさせるのなら話は別だ。自分の息子の瞳の色が赤でないことをどう思っているか、なんて聞いたことがない。


「最近は大学ではどんなことを学んでいるんだ?」


 ロジュは思わず、自分の父親へと目線を向ける。存外優しい目でロジュの方を見ていることに、驚きを覚えた。


「そうですね……。フェリチタについてを専攻にしています」


 大学では幅広いことを学べる。研究もできる。政治や経済、法律、文学、歴史、生物、他にも好きなことを選べる。ロジュの通う大学は他の国と比較しても選択肢が多い。その中で、ロジュはフェリチタとは何なのか、などを研究している。

 ちなみにウィリデは、特殊な効果を付与したアクセサリーである、ルクスについて研究するために留学していたらしい。


「父上は学生時代、何を学んでおられたんですか?」


 ロジュは少し迷った後に口を開いた。ソリス国王、コーキノはロジュが話をふってきたことに少し驚きを浮かべた後、口を開く。


「私は、ルクスについて学んでいたよ。確か、シルバ国のウィリデ陛下も同じじゃなかったか?」

「そうですね。ウィリデ陛下もおっしゃっていました」


 ウィリデのことを思い出したロジュが表情を緩める。先ほどまでほとんど動いていなかったロジュの表情の変化。それにその場にいる人間は動揺した。ロジュのその表情を今までは見たことがない。優しげでありながら、隙がある表情。


「テキューも来年から大学だろう。何を学びたいんだ?」


 ロジュがテキューに話を向ける。テキューはウィリデの話が出た際のロジュの表情におもしろくなさそうにしていたが、ロジュから話しかけられたことで表情は一変し、嬉しそうな表情を目元に浮かべながら、返事をする。


「面白そうなのが多いですよね。僕は、歴史を専門に学びたいです。ロジュお兄様、一番面白かった授業ってなんですか?」

「そうだな……」


 少しだけであったが、和やかな時間が流れる。雑談、というものをしたことがなく、お互いを情報でしか知らない彼らにとっては貴重な時間。


 そのタイミングで食器が下げられ、食後の飲み物が運ばれてくる。中身は紅茶だ。


「砂糖かミルクはお使いになられますか?」

「なくて大丈夫だ」


 ロジュ以外の人間は、砂糖かミルクを入れるようだ。しかし、ロジュは紅茶をストレートで飲むのが好きだった。

 砂糖やミルクを入れないため、他の家族よりも先に紅茶を口にする。ごくり、と一口、二口と続けて流し込む。



 その瞬間、ロジュはカップを地面に叩きつけていた。



 ガシャン、という音が響き渡った。全員が動きをとめ、音の発生源であるロジュを見る。全員の動作を止めるというロジュの狙いは成功していた。

 ロジュは左手で口元を押さえながらゴホゴホと数回咳をすると鋭い眼差しで周りを制するように口を開く。


「飲むな。恐らく毒だ」


 ロジュのいつもより低められた声が食堂中に響く。静寂に包まれた後は一気に騒がしくなった。

 他の家族はまだ飲んでいなかったのは幸いだったかもしれない。ロジュはまた咳き込みながら思う。味がいつもと違ったのだ。よく紅茶を飲むロジュだからすぐに分かった。

 王族は毒の耐性をつけながら成長する。ロジュも例外ではない。しかし、この毒は、初めてかもしれない。ロジュの予想が正しければ猛毒だ。

 この毒を仕込んだ人間は、本気で殺しにかかってきている。それはロジュを狙ったものか、あるいは王族全員を狙ったものか。


 ロジュは自分の呼吸が苦しくなってくるのを感じた。ロジュの予想通り本当に猛毒だったらしい。毒の耐性がある人間にここまで効く毒って、相当な猛毒だろう。しかも、こんな短時間で症状が出てくるのは珍しい。そんな毒があるなんて、聞いたことがない。


 騒がしい中でソリス国王が指示を出している声が聞こえる、気がした。ロジュは自分の意識が遠のいていくのに逆らえない。


 意識がなくなる直前、目に映ったのは、泣きそうで、不安そうな表情をしたテキューであった。



 ロジュの左手首につけられている一つのアクセサリーがピカピカと光を放ち、点滅している。それはまるでロジュの危機を知らせるかのように。それはウィリデがお守りだと言って渡したルクスであった。


 外に降り続く雨は止む様子は見えない。


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