表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/228

三十、赤の王子と王女

 クムザはいつものように笑顔をこちらに向けてくるが、やはり完全な好意ではない、とロジュは思う。この笑顔を、単純に信じられるほどロジュは純粋ではない。ロジュは好意に気づかなかったとしても、悪意には敏感である。感じられるのはわずかであるが、悪感情が混ざっているのは否定できない。それでも、その感情の名前は知らない。いつか知る日は来るのだろうか。それでも、ロジュは何も気がついていないふりをする。

 次に、テキューの方を向く。テキューはニコリと微笑んでいるが、目の奥が笑っていない。やっぱり、ロジュに好意を持っているという推測は間違いだったのだろうか。


「ロジュお兄様」

「なんだ?」


 ロジュが二人を観察していると、唐突にテキューが口を開いた。


「バイオレット公爵令息を側近にしたそうですね」


 目が笑っていない。しかし、ラファエルのことと関係はあるのだろうか。


「そうだが……。それがどうした?」


 それを尋ねてからロジュは一つ思い当たることがあった。テキューは自分の派閥の力が弱まることを恐れているのだろう。ロジュをどう思っているのかは置いておくとしても、テキューが王位を欲しがっているのは間違いがなさそうだ。


「ロジュお兄様は側近を作ることに興味はないと思っていました」


 その目に不安げな色が宿っていることにロジュは気づく。ロジュに力が偏りすぎてしまうことを懸念している、とロジュは解釈した。


「お前の心配していることはわかる。中立派がこちらに傾くことを懸念しているのだろう?」

「え?」


 ロジュの言葉にテキューは不思議そうだ。しかし、ロジュは言葉を続ける。


「大丈夫だ。バイオレット公爵は、中立派から変更しない、と言っていた。あくまでラファエルだけだ」

「いや、そうではなく。というか、呼び捨てでお呼びになっているのですね」


 テキューはそれを心配していたわけではない。テキューはただ、自分の知らないラファエルという人間がロジュのそばにいることを許されたという事実が気に入らないだけ。信用に値するかわからない人物がロジュに対して何をするか不安なだけだ。さらに、ロジュが呼び捨てをしていることも神経を逆撫でしている。自分も一応は呼び捨てにされているが、それは家族という名称がなければ叶わなかっただろう。急速に距離を縮めている、ラファエル・バイオレットのことを考え、テキューが奥歯をギリ、とかみしめた。


「もう、お兄様方。こんな場で難しいお話をなさらなくても良いではありませんか」


 二人の会話をクムザが止める。


 テキューはクムザを何も知らない純粋な女の子と評価している。故に、彼女の言動に対して何も感じず、ロジュへの質問をやめた。

 一方で、ロジュは物凄い違和感を覚えた。この妹は、「わざと」愚かな振り、何も知らない姫の振る舞いをしている。それはあまりに自然すぎてテキューには気が付かないほど。幼い年齢で王位継承権を放棄していることも。何か思惑があるような気がしてならない。


「クムザ」

「なんです? ロジュお兄様」


 目をパチリと瞬かせながら不思議そうな表情を浮かべるクムザは純粋そのもの。しかし、それが一層計算ずくに感じて、ロジュは心の中で警戒を強める。


「お前は、なぜ王位継承権を放棄した? それも五歳の時に」


 一瞬。本当に一瞬であるが、クムザの表情が全て抜け落ちた。しかし少し目を伏せた後に顔を上げた彼女の表情はいつもの笑みが覆っていた。


「まあ。お兄様。急にどうしました?」


 スッと開いた扇でクムザは自分の表情を隠す。彼女の暗めの赤色の瞳は笑っているように見えて、笑っていない。わざわざ表情を隠したことが、証明している。


 クムザは、何かを隠している。


 明確な理由を述べなかったことからも、それを裏付けている。しかし、あまり詮索を目に見えるところでしてしまうと、クムザに警戒されてしまうかもしれない。だから、ロジュは踏み込みすぎないことにした。


「少し気になっただけだ。言いたくないなら別にいい」


「っその何にも興味がなさそうな態度が、本当に……」


 クムザは扇で隠した口元でボソリと呟いたが、それはロジュに届くことはなかった。クムザは今度はロジュに聞こえるような声で口を開く。


「ロジュお兄様、優秀な兄が二人もいる時点で、私の出番はございません」


 それは建前だけのものであるのは、ロジュはすぐにわかった。それは理由になり得ない。何が起こるかわからないのに、王位継承権を放棄することは、はっきり言って国としては損害だ。ロジュかテキューのどちらかが王となったとして、もし子どもができなかった場合、次の王位継承権は赤い瞳の条件を満たしているクムザへといく。そしてその次はクムザの子どもへ。

 しかし、クムザが放棄した段階で、クムザにも、クムザの子どもに王位継承権が認められるのはソリス国では難しい。


 また、ロジュとテキューがなんらかの要因で亡くなった場合、クムザが放棄したことで、次に王位が誰が継ぐか、という問題は発生するだろう。

 さらに、クムザの年齢が離れすぎていないこともあり、クムザが王となる可能性もゼロではなかった。

 シルバ国では、一番年上である、ウィリデが王となっている。それはシルバ国の先王が早くになくなり、成人である二十を超えているのはウィリデしかいなかったという事情がある。シルバ国の第一王女であり、十四歳だったリーサを王にという話はなかった。しかし、ソリス国の王は体調を崩す様子はなく、引退の兆しも見えない。クムザが成人する五年後の二十歳でも恐らく健在だろう。

 しかし、クムザは年齢については何も言っていない。そちらの方がまだ説得力があるというのに。

 警戒を緩めるな、とロジュの勘が囁く。この妹は、単純な人間ではない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ