二十八、勘づく
自室。ロジュはぼんやりと座っている。多くのことが起きていて、心も体も休まらない。
ラファエルから側近にしてほしいと言われた時に、ラファエルからの素直な感情を渡された。リーサに好きだと言われた。
それに、なぜかどこかで似た感情に触れたことがある気がした。それからずっと、心に引っかかることがある。
ロジュのただ一人の弟。テキュー・ソリスト。彼は、もしかしたら。ロジュのことを大事に思っているのかも、という推測がロジュの中には生まれた。
馬鹿げた話だ。ロジュとテキューは王座を巡って対立している。
幼い頃からずっと。テキューとロジュはまともに会話したことは数えるほどしかないはずだ。
ウィリデに会うよりもずっと前の話だ。ロジュはテキューから隔離されていた。それは、赤い瞳を持つテキューを見てロジュが辛い思いをしないようにというロジュへの配慮か、激情に駆られたロジュがテキューを害しないようにというテキューへの配慮か。あるいはどちらもか。明確な理由も、誰の計画かもロジュは知らないが、ロジュとテキューが会わないように明らかに仕組まれていた時期があった。
ロジュはそれに気がついていながら、特に何かをするわけではなかった。そこまでの興味がなかった。ロジュは、生きるのに必死だった。王族として見放されているわけではないが、大切にされているわけでもない。そんな状況。ロジュが平穏に生きるには、あらゆる面で才覚を発揮するしかなかった。ロジュは暗殺者に負けるほど弱くなく、傀儡になる程愚かではないと証明が必要だった。大変であったが、やる以外の選択肢はない。
それは、ロジュに孤独という代償をもたらしたが、それに耐える他なかった。
ウィリデに会うまでの日常は曖昧な記憶しかない。特に輝かしい思い出も、色鮮やかな思い出もなかった。灰色で、濁っていて、思い出すのには苦労する。だから、ラファエルと出会ったことも思い出せないのかもしれない。
そして、テキューとの対面も思い出すのには時間を要するが、微かに記憶があった。確か、ソリス城内の中庭だった気がする。ロジュは、花が咲き誇るその場所が好きだった。季節によって違う花が咲き乱れている。ロジュはその美しく、華やかな色を今でも鮮明に思い出せる。心落ち着く場所だった。
ロジュが大切に思っていたはずの中庭だが、今では無くなってしまっている。なんで、無くなったのだっけ。ロジュは必死に記憶を辿るが、モヤがかかったように思い出せない。
なんとなく、テキューと関わることのような気がする。思い出せない。しかし、仮にテキューと「何か」があったとして。それが、ロジュに好意を向けることに変わるのだろうか。
ロジュは、リーサが留学してきた日、部屋に隠れて盗み聞きをした、テキューとウィリデが主に話していた内容を思い出す。テキューの言葉の節々に含まれるロジュへの気持ち、ウィリデのテキューへ向ける警戒心。テキューがロジュに向ける目線。そしてあのタイミングのウィリデの言う『点を繋ぐ線がないと正しい解釈はできない』という言葉。
それが意味するところは、テキューがロジュのことを好意的に思っているという仮説をたててしまえば、答えは明白だ。
「……」
それが分かったからといって、ロジュは何かをする、ということはない。だって、ロジュは何も要求されていない。このまま、気がつかない、理解できない振りをするのが平和な気がする。
リーサから伝えられたウィリデの言葉を思い出す。
『無理に変わる必要はない』
この言葉は、ラファエルとの関係のことを言っているようで、もしかしたらテキューの気持ちに気がついた場合まで可能性を考慮して伝えた言葉かもしれない。ウィリデは流石だな、とロジュはぼんやり考える。
『点を繋ぐ線がないと正しい解釈はできない』
ウィリデはそう言っていたが、線を繋ぐことはウィリデが一番得意とするところなのかもしれない。それは、まだ何も起こっていない、来るかもしれないだけである未来までも考慮している。もちろん、予知とは違うから全てが当たっているわけではないだろう。しかし、ウィリデは人の感情に敏感なのだろう。相手の感情こみで未来を考えられるからこそ、予測の精度が増すのだ。
ロジュは視線を伏せる。何も物が置かれていない机が妙に目についた。
ウィリデのようになりたかった。自分を暗闇から連れ出してくれた彼のように、誰かを救える人間になりたかった。
今では、諦めてしまっている。それでも、王の座をほしいと思う理由の一つは、それを手に入れることで誰かを救える、と思っているかもしれない。王となれば、誰かを救う手段を手に入れられる。権力とは、そうあるべきだ。しかし、ロジュのその気持ちは、結局のところ自己満足にすぎない。
理由の一つであったとしても不純すぎる。根本的に何かが間違っているのかもしれない。人を救うと漠然と考えながら、その手立ては王になることなんて。人を救いたい理由も結局はウィリデだ。
それでも、この人のようになりたいと憧れるのは罪なのだろうか。
全ては結果が答えを出してくれるだろう。ロジュが王となるか、ならないか、ただそれだけだ。




