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十二、未来の義兄弟

 ウィリデと個人的に会うことはしない。ロジュがそう宣言をしようと口を開きかけたところで、急に会議場の扉が開いた。


 口を開こうとしていたロジュだけではなく、その場にいる全員の動きが止まった。


 静まり返った空間に、こつこつと歩く足音が響く。


「私のいない所で話し合いをなさるとは。各国の代表ともあろう方々が、随分なことをなさるのですね」


 ウィリデの声は透き通るような色をしているはずが、今日はそれが重苦しく聞こえる。彼は王として話しているのだから、当然かもしれない。


 ウィリデの目が滑るように空間を見た。


 圧倒的だった。その場に空気は、ウィリデが支配していた。ここの参加者の中では、若い方であるはずなのに、年齢など全く関係がなかった。


「それで、何のお話でした? 私が個人的にロジュ殿下とお会いしていることが納得できないって?」


 全部聞いていたのだろう。彼は先ほどまでの議論を的確に指摘した。その場の皆が固まっている間に、ウィリデはふっと笑う。


「私とロジュ王太子殿下に、確かに関係があればいいのですね?」

「ウィリデ国王陛下」


 ウィリデが何を言おうとしているのか。ロジュは何となく察して言葉を挟んだ。しかし、ウィリデはにこり、とロジュには温かい笑みを向けたが、周りに向ける目は冷たい色だ。


「将来の義弟の可能性がある人と個人的に会うだけで文句を言われるなんて」


 はっと短くロジュは息を呑んだ。


 これは、明言だ。ロジュとリーサの婚約を、ウィリデは許すつもりがあるという宣言。そして、未来に結婚する可能性があることまでを示唆している。


 それを聞いて、ロジュは急に心配になってきた。


 ロジュは良い。リーサと結婚することまで見越して交際に頷いたのだから。リーサに逃げられれば、ロジュを受け入れてくれる人がいるかも分からない。


 しかし、リーサはどうなのだろうか。彼女にしてみれば、ロジュは「付き合ってみた男」くらいかもしれない。結婚なんて話をされれば、彼女は重いと思ってしまうのでは……。


 ぽん、とロジュの頭に手を乗せられたことで、ロジュのその思考が止まった。ロジュの横まで歩み寄ってきたウィリデの手だった。


「大丈夫」

「……」


 やはり、ウィリデに守られている。それは嬉しいけれど、どこか苦しい。


 ロジュがそんなことを考えている間にも、ウィリデの話は進む。


「それでも問題があると思う方がいるのなら、言ってください。しかし」


 そこで言葉を句切ったウィリデは、頬に手を添えながら、首を傾げた。表情は先ほどまでよりも和らいでいるが、目は全く笑っていない。


「義弟候補と会話をするつもりがない人だけ、反論をお願いします」


 そんな人間はいないだろう。家族の結婚相手が他国の人間だとしても、人柄が悪い人間と結婚させなければいけないほど、情勢が悪い国はないはずだ。わざわざ、政略結婚をする必要もない国が現状ではほとんどだ認識している。


 少なくとも、政略結婚をしたという事実が表になった時点で、「余裕のない国」だと他国に知られるだけだ。


 だから、ウィリデの言うことは正しい。ウィリデはリーサの保護者としての立場があるため、義弟候補に会うということは考え得る話。


 ウィリデは「ロジュが義弟として相応しいかを判断する」という名目を伝えている。いや、名目ではなく、本当に見定められている可能性は否定できないが。


 誰も反論をする人はいない。ロジュは、ちらりと父であるコーキノ国王に目を向けた。彼も、何も言わない。それどころか、動揺すらしていない。まるでこうなることが、分かっていたかのように。


 ウィリデは、どこまで話を通していたのだろう。この公表を、ウィリデだけの権限で行うのには限界がある。シルバ国内、ソリス国王、そしてウィリデの結婚相手の国、ノクティス国王。少し考えるだけでいくつも思い浮かぶ。


 そうやって話を通しておき、自分は絶妙なタイミングで現れる。相変わらず、ウィリデの手の上にいたようだった。ロジュはこっそりとため息をこぼした。やはり、ウィリデには叶わない。対等になるまで、どれくらいの時間がかかるのか。


 ◆


「ロジュ、話があるんだけど、良い?」

「……会議は?」


 ロジュが会議から解放されたあと、廊下に出た瞬間、ウィリデから声をかけられた。しかし、国際的な会議は終わっていないはずで、ロジュはそれが気になった。


 それなのに、ウィリデはちらりと扉の方を見て、にこりと笑う。


「呼ばれていない会議に参加する必要なんてないでしょう」


 呼ばれていない会議に乱入をしたのはウィリデだが、それをさらりと流して彼は言う。ロジュの不安げな目を見たからか、彼は優しく言う。


「大丈夫。どうせ、この後形式的にさぞ開催する大義があったかのような適当な話をしてから、すぐに解散するから。もう意味をなさないだろうし」


 にこやかなのに、辛辣だ。ロジュは口元を緩めて頷いた。ロジュが仕事場として使っている部屋はラファエルとシユーランがいるはずだから、別の部屋の方が良いだろう。


「じゃあ、俺の部屋に来てくれ」

「ああ」


 ◆


「ロジュ。久しぶりだね」


 にこやかなウィリデを見て、ロジュは力を抜いた。さきほどの会議の場では別人のように見えたウィリデだったが、すっかり穏やかで優しい口調のウィリデへと戻っている。


「ウィリデ、ありがとう」

「なにが?」

「さっきの会議で、助けてくれて」


 きょとんとしているウィリデにロジュが礼を言うと、彼は納得したように頷いた。


「助けたっていうよりも、事実を言っただけだから」

「それでも。リーサのことを言ってしまうのは不味いんじゃないか? リーサしか王太子としての教育を受けていないだろう?」

「ああ。そのことでちょうど話がある」


 ウィリデの表情に、緊張が混じっていたため、ロジュは首を傾げた。そんなロジュを見て、罰が悪そうに笑ったウィリデは、やはり緊張を押し殺さないまま言う。


「アーテルとの結婚が正式に決まったから、大丈夫」

「それはおめでとう」

「ありがとう。それを直接伝えたかったから、ロジュに会えて良かったよ」


 彼にしては浮かれているのだろう。いつもは自身に満ちあふれているウィリデに怯えが混じっているのが珍しかった。


「ウィリデも緊張するんだな」

「え? 顔に出てた?」

「ああ」


 ロジュが言うと、ウィリデは慌てたように顔に手をあてた。そんなウィリデを見て、ロジュが笑いをどうにか堪えていると、それに気づいた彼が軽く睨んできた。


「ロジュ」

「だって、怯えていそうなのに、嬉しそうなウィリデが珍しいから」

「もう」


 不満げに言ったウィリデだったが、すぐに柔らかい笑顔へと戻った。遠くを見つめながら、彼は呟いた。


「まあ、結婚は初めてだし」

「……それもそうか」


 ウィリデは、時が戻る前にも経験していたことも多くあったのだろう。しかし、結婚はしていなかった。


 だから、他国の人間と平然と会話をすることや、会議に参加することは当然のように行っていたはずだ。そこで、気がつく。彼が初めて会議に参加したのも、20の時のはず。ロジュと同じ年齢だ。


「それにしても、ウィリデは凄いな」

「何が?」

「俺の年で、あの場に参加していたんだろう?」


 ロジュの言葉に、ウィリデが軽く首を傾げた。深緑の髪がさらりと流れる。それを気に留めないまま、彼は言う。


「私だって、最初は全然上手くできなかったよ。普通に話が全く入ってこなかったし」

「ウィリデが?」

「うん」


 いつも落ち着いているウィリデのそのような姿は想像できず、ロジュが考えていると、彼はゆるゆると首を振った。


「まあ、でも慣れるよ。きっとロジュも。さっきの急に呼ばれたあの場で、渡り合おうと頭を動かしただけでも上出来」

「……」

「気を遣っていっているわけじゃないよ。本当に」


 ロジュはとりあえず頷いた。ウィリデがわざわざ教えてくれたことを、疑う必要はない。


「ウィリデは、どこまで想定していた?」

「いや、まあ。少しは。ベイントス国関連で、攻撃したい国に口実を与えた自覚はあったから、コーキノ国王に話を通していたのはあったし」


「アーテルと結婚を決めたのもその件と近くって。ベイントス国関連の話のアーテルへの連絡を後回しにしていたら、後で泣かれちゃったから。本格的に結婚をする方向へ進んだんだ」

「それは泣くだろうな……」

「連絡自体は軽くいれたって聞いたから、大丈夫かと思ったんだけどね」


 ロジュが何も連絡を受けていなければ泣いた自信はある。まあ、ロジュもアーテルにちゃんとした詳細を連絡をする余裕がなかったという意味では同罪かもしれないが。


 ロジュもアーテルから後で怒られそうな気がして、ロジュは思わず口元を引きつらせた。アーテルは怒ると怖い。


「そういえば、ノクティス国から会議に参加していたのって、アーテルの姉君だよな?」

「うん。メラース・ノクティリアス王太女殿下」


 ウィリデは面識があるようだ。


 ノクティス国は、メラースが女王となることは決まっているものの、あの国も少し複雑な事情がある。


 メラース・ノクティリアスは、子どもはいる。しかし、()()()()()()。正確には、「今は」いない。子どもを1人、授かったものの、離婚をしたという話。詳しい情報は流れておらず、ロジュもそこまで真剣に調べていないから知らないが、様々な事情はあったのだろう。


「知りたい?」


 ウィリデにそれだけを聞かれた。ロジュが顔を上げると、ウィリデが美しく微笑んでいる。それは、彼が様々な情報を手にしていること他ならない。


 それでも、ロジュは首を振った。


「知りたくなったら、自分で調べる」

「そうだよね。君ならそう言うと思っていたよ」


 にこにことしているウィリデとは別に、ロジュは一気に緊張感が走った。今のは、テストだったのだろうか。ロジュが知りたい、と言えばどうなっていたのか。


「国王として」のウィリデであるのか、「未来の義兄として」のウィリデであるのかの区別が難しい。しかし、それをしっかり見定めなければ、義弟になることを認められないかもしれない。

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