十一、国際会議
いつも通りロジュとラファエル、シユーランはロジュの仕事部屋に来ていた。そんな中、ラファエルがふと思い出したように言う。
「今日って、国際会議の日でしたよねー」
「そうだな」
国際会議。世界の各国のトップが集まる会議だ。それが今年はソリス国で行われるという。
「シルバ国も今回は参加するんだったよな?」
「そう聞いていますねー」
前回まではシルバ国は鎖国をしていて、不参加が続いていた。今回は久しぶりの参加となるわけだが、ウィリデは大丈夫だろうか。一瞬、そんなことを考えたが、答えは分かりきっていた。ロジュは肩の力を抜いた。
「まあ、ウィリデなら大丈夫だろうな」
「僕もそう思います」
その話を聞いていたシユーランが首を傾げ、不思議そうに尋ねてきた。
「このソリス城内でやっているんですか?」
「そうだな。ただ、この部屋とはそれほど近くないから、影響は出ないだろうが、記憶にはとめておいてくれ」
「はい」
素直に頷いたシユーランを見ながら、ロジュも自分の仕事へと戻った。
少し経ったあと、扉の音が鳴る。ロジュが返事をすると、入ってきたのは、父親であるコーキノ国王の側近だった。
「失礼します、ロジュ殿下」
「何の用事だ?」
ロジュが尋ねると、彼は少し気まずげに目を伏せた。それでも、大して迷うことなく口を開く。
「コーキノ国王からの伝言です。会議場へお越しになることは可能ですか?」
「……は?」
国際会議の会場までの呼び出し。それは、国際会議に出席しろ、ということに他ならない。しかし、その話は前日まで出たことがなかった。当日になって急に。
「呼び出された理由は?」
「そこまでは」
「そうか」
頷いたロジュは立ち上がった。なぜ自分が呼び出されたのか。いくつかの可能性が脳裏によぎるが、それについて検討する暇はなく、ロジュは立ち上がった。
◆
さっさと正装に着替えたロジュは、コーキノ国王の側近と共に会議場へ向かった。多くの警備が常駐しているのを横目に、荘厳な扉へと向かう。
「1つ聞かせてくれ。俺を呼んだのは各国の総意か? それとも父上の指示か?」
「コーキノ国王の指示です」
「そうか」
それなら、コーキノ国王に合わせて動いた方が良いだろう。何を考えて呼び出したのかは知らないが、それがソリス国にとって必要なことなのだろうから。
ぎい、とやけに重苦しい音を立てて扉が開かれた。ロジュは深呼吸をしてから、中へと足を踏み入れた。
◆
ロジュが会議場へと入ったことで、一斉に全員がこちらを向く。コーキノ国王以外は驚いているようだ。ロジュは一度礼をした。
ロジュは眉をひそめた。何かがおかしい。冷静でいることが普通の彼らが、なぜそんな反応を見せるのか。そもそも議題は何だったのか。ちらりと見るが、ウィリデはこの場にいないように見える。
参加者の1人が、コーキノ国王に尋ねた。
「コーキノ国王陛下。なぜ?」
「当事者を放置して話しても無意味な時間ですよね?」
表情を変えていないコーキノ国王は、他の国王達に向かって薄らと笑みを浮かべた。その油断の隙も無い笑みに、自分の父ながらも若干の緊張を感じながら、ロジュはコーキノ国王の後ろに控えた。
何となくは分かってきた。ロジュをここに呼びつけたのは、コーキノ国王の独断。そして、その理由はおそらくロジュが「当事者」だから。加えて、ウィリデが部屋の中にいない状況。
それが意味する内容を理解して、ロジュは憂鬱になった。後ろめたいことはない。しかし、ここにいる全員を理解させるような説明ができるとは思えない。
ちらりと視線を動かすと、ベイントス国の女王、ブラン・ベインティと目が合った。彼女は、申し訳なさそうな表情をしたあとに、僅かに口を動かす。すみません、と言っていることから、ベイントス国が関わっている事件であることは明白だ。
「ロジュ」
「はい」
「ウィリデ国王陛下との関係を聞きたい人が多いようだ」
分かるな? と言わんばかりの父の言葉に、ロジュは人には気づかれないように唾を飲んだ。
『お前の行動を制限する気はないが。あまり深入りするな』
以前、コーキノ国王から言われたことだ。それは、このような状況を憂いていたのだろう。
そうとは言うものの、ロジュも何も考えずに動いていたわけではない。もっとも、このように国際会議の場で話を出されるほどとは考えていなかった、という意味では何も考えていなかったのと同義かもしれないが。
各国の王や王の代理として来ている人の目線を受けながら、ロジュは淡々と言った。
「ウィリデ国王陛下は、良き友人です」
その言葉は、揺らがない。ロジュの中で、隠すこともしないし、大切な気持ちだ。それを曝け出しても、その場には疑心に満ちた彼らの気持ちが透けて見えた。それでも、ロジュの心は動かない。
もともと、ロジュの弁明など必要としていないのだろう。最も力を持つソリス国と、国を閉ざすことも自由に選べることを見せつけたシルバ国を貶めるための口実。そうでなければ、この場にウィリデがいるはずだ。ウィリデに尋ねて、おしまいだった。それなのに、ウィリデがわざわざいない所で会議をしているあたり、正当である話し合いとは思えない。
ロジュはちらりとコーキノ国王を見ると、彼は軽く頷いた。試されているな、と思う。ロジュがこの場でソリス国の利になるように動けるか。それを、見越してコーキノ国王は呼び出した。
厄介だ、とは思う。それでも、これはロジュが対処すべき問題なのは事実。この面倒な人達の間でも、渡り歩かなければならない。
ロジュの友人、という発言に
「友人、のためというにしては、肩入れをしすぎでは?」
「そうですか? 私は、友人という言葉をそこまで軽く使っている気はないので、私の基準では普通ですが」
言いがかりだ、という意味をこめて言うが、その場にいる人に納得する様子はない。
ロジュに取れる選択肢は多くない。それでも、本当ならやりたくない手札を切ることにした。
「それなら、ウィリデ陛下と個人的に会うのは控える、と言えば納得なさるのですか?」
ロジュがそう言うと、その場は一気に凍りついた。
それは嫌なのだろうな、と内心思う。それをロジュが宣言したとすれば、文句をつけられなくなるから。
それなら。ロジュは、その手札を切る必要がある。
自分のために、ソリス国のために。
――そしてウィリデのために。




