十、穏やかな日
ロジュとラファエルは、休日ではある今日も一緒にいた。
以前、シユーランをファローン国から連れてきたときに、ラファエルと出かける約束をしていた。後回しになっていたが、ようやく時間が空いてきたため、共に出かけることになった。
ラファエルから日程を空けておくように言われて、内容をよく知らないまま、当日になっていた。
ラファエルが迎えにきて、どこに行くかも分からず、城の敷地内を共に歩いていた。出かけるという話だったが、結局は城内から出ていない。
「それで何をしたいんだ? ラファエル」
「何か目的がないと駄目ですか?」
ラファエルに顔を覗き込まれながら言われ、ロジュは苦笑した。すぐに首を振った。
「いや。そういうわけではない。ただ、ラファエルが目的を決めて動いていそうな気がしたからな」
ラファエルは行動の裏に何らかの意図があることも多い。それが少し怖いところではあるが、信頼している部分でもある。
ロジュの言葉に明るく笑ったラファエルは、やはりロジュから目を逸らさない。綺麗な薄紫色の瞳が、すうっと細められて満面の笑みが浮かべられていた。
「本当にロジュ様といたかっただけですよー」
「そうか」
くすぐったい気持ちになって、ロジュは黙り込んだ。目的もなく散歩している時間は穏やかで心地良い。ラファエルがロジュに気を遣ってくれているからこそ、ロジュが居心地良く過ごせているのかもしれないが。
「穏やかですねー」
「そうだな」
ラファエルも同様の気持ちを持っていることにほっとした。一方的にロジュだけが安寧を享受していないことに。
ラファエルは、ロジュに気を遣っていることが多いだろうから。それは主という面が強いからだろう。ロジュはラファエルのことを友人としても扱うが、ラファエルはあまりそうではない。
それはロジュとしては頼もしくありながらも、少し寂しい。
この前だって。ラファエルは、ロジュのための婚約をしたいと言っていた。
ラファエルと並んで、木の下に座っていたロジュはそこで思い出した。ラファエルの婚約の話はどうなっているのか。
「ラファエル。聞いてもいいか?」
「何ですか?」
「前、婚約者を探すと言っていたが、その後の状態は?」
「ああ。忘れていましたねー」
のほほんとした口調で言われ、ロジュは思わず頬を緩めた。自分のことだというのに、他人事のように言う。
しかし、それも仕方がない話だ。
「まあ、忙しかったもんな」
「そうですねー」
ウィリデの件に関する調査。そしてベイントス国への訪問。ワイス・ベインティとの会話。婚約を考え、人と話をする余裕などなかったはずだ。
ロジュが説明もせずに納得をしていると、ラファエルが心配そうに顔を覗き込んできた。
「ロジュ様。何かあったんですか? 予定を変更しますか?」
「いや、別に。少し気になっただけだ」
ロジュはただ思いつきで話しただけだ。しばらく黙っていたラファエルだったが、急に手を打った。
「ああ。テキュー殿下のお話があるから、ですか。なるほど。その件が落ち着いた後に動いた方が良さそうですねー」
「俺は何も言っていないが」
「はい。気にしないでください。僕が勝手に決めたことなのでー」
ラファエルは勝手に意味を見いだしたらしい。ロジュは別に意味のある問いをしたわけではないのに。
ソリス国の第2王子、テキュー・ソリスト。そしてその敵対派閥に属していたクリムゾン公爵家のエヴァ・クリムゾン。二人が婚約をするというのには、大きな意味があるだろう。
少なくとも、しばらくは荒れるだろう。その婚約の意味を探る人間が多いはずだ。実際は特に意図はないと思うが。それでも、その間にロジュの側近であり、中立派だったバイオレット公爵家のラファエルが動き始めれば、やはり意図的だったのでは、と疑われるだろう。
それを何となく気づきながらも、ロジュは放置するつもりだったのだが。ラファエルはしばらくの間は動かないというのなら、それを否定する気もない。
ラファエルも黙っていたが、ぱっと表情に悪戯っぽい笑みを浮かべて言う。
「それにしても、あそこの二人とは、順当といえば順当ですねー」
「そうだな」
前の世界でも、二人は仲がよさそうだった。前と同じである必要など全くないが、「順当」という言葉がしっくりくる気がする。
「まあ、二人が婚約をしたところで、僕の選択は変わらないですよ。ロジュ様に役立ちそうな手を選ぶ。僕の意思を持って。ただ、それだけです」
「……」
やはり固そうなラファエルの意思に、ロジュは黙り込んだ。
ラファエルがそこまで言うのなら、反対できない。それでも、どうしても伝えておかなければならない気がした。
「それじゃあ、約束してくれ。もし、お前の心が何か変化をして、俺の役に立たない方向にしたくなったときでも、その心に従ってくれ」
「変化、ですか? 前も言っていましたねー。仮にロジュ様の元を離れることになっても構わないって」
「ああ。思いも寄らないところで変わり始めることもあるからな」
ロジュがそう言うと、ラファエルは訝しげに聞いてきた。
「何かの予言ですか?」
「いや。思ったことを言っているだけだ」
探るようにロジュの目を見たラファエルだったが、ロジュの言葉に嘘がないことは伝わったのだろう。恭しくお辞儀をしてきた。
「……我が主の仰せのままに。約束します」
「そこまでの約束ではないが……」
相変わらず大袈裟だ。ロジュが笑うと、頭を上げたラファエルも笑う。
そんな穏やかな時間の終わりに、ラファエルが晴れ渡るような笑みで言った。
「ロジュ様。また、一緒に遊びましょう」
「ああ。そうだな」
こんな穏やかな日がまた過ごせるように。ロジュは心の中で祈りながら返事をした。




