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八、不器用な母と息子

「……」

「……」


 ロジュは目の前にいる女性――母親のグレース・ソリストに目を向けた。どこか冷たい印象を持つが、それはロジュだけが感じていることだろうか。


 頭に言葉が思い浮かばない。ロジュは開こうとした口を閉じて、下を向いた。あまりにも重苦しい沈黙に、ここから立ち去りたい気持ちになってくる。それでも、ロジュは向き合うと決めたのだから。逃げるなんて選択肢はとれない。


 それでも。他の人を相手にしていると浮かんでくる思考が止まっていて、世間話の1つもできないのだ。


 カップからどんどん紅茶は減っていく。ロジュはそれに少し焦りを覚えるが、余計に思考がまとまらなくなった。


 ロジュが黙って言葉を探していると、グレースがゆっくりと口を開いた。


「ロジュ」

「……はい」


 ロジュの声は少し上ずってしまったかもしれない。それでも、グレースがそれを指摘することも笑うこともしなかった。気づかなかったからか、そっとしておいてくれたのかも分からない。


 彼女はにこりとも笑わない。ロジュはグレースの橙色の瞳を見つめて彼女の言葉を待つ。


「最近は、何をしているの?」

「大学と父上の仕事の手伝いです」

「そう」


 あっという間に会話が終わってしまった。グレースが自身のカップに目を向けたのを見ながら、ロジュの中に焦りが広がる。もっとロジュが話を広がるべきだっただろうか。それでも、タイミングを逃してしまい、ロジュは俯いた。


 誰かを連れてこれば良かっただろうか、と今さらながら思う。クムザとか適任だったのではないか。この気まずさから逃れようと関係ないことを考えるが、目の前のことは何も解決していない。


 やはり沈黙に耐えられなくなり、ロジュは口を開いた。


「母上は、最近何をなさっているのですか?」

「そうね……。特に変わったことは何も」

「そうですか」


 また訪れる沈黙。会話はすぐに終了してしまった。どちらかがおしゃべりであれば、話し続けていたかもしれないが、残念ながらそうではない。ロジュのあまり喋らない性格は、グレースに似たのかもしれない。ただ、似たものどうしがいたところで、何も話は始まらないのだ。


 ロジュは顔を上げてあたりを見渡した。とりあえず考えたことをそのまま口に出した。


「ここは自然が豊かで綺麗な場所ですね。あまり人目がないのが残念に思います」


 この場は城の裏庭。表からは見えない場所であるが、花が育てられており、木も生えている。折角ゆっくりできる場所であるが、


「昔は中庭で花を育てていたけれど、中庭よりもこちらの方が良いかと思って」


「ああ、中庭は一度テキューが燃やしましたからね」


 ロジュはあの中庭が好きだったが。そうか。グレースが育てていた花もあったのか。ロジュが花を見るために足を止めた中で、グレースが世話をしていたものもあったのかもしれない。


 幼い頃のテキューに育てていた花も燃やされてしまって、今は裏庭で育てているということだろう。グレースは少しだけ表情を緩めて頷いた。


「そう。それのことよ。テキューは昔から悪戯っ子だったから」

「……?」


 テキューを「悪戯っ子」などというかわいらしい言葉で表していいのだろうか。結局なぜテキューが中庭を全焼させたのかは知らない。調べたら分かることだろうか。ウィリデに頼りすぎるのも良くないから、ラファエルかエドワードに聞いてみても良いかもしれない。


 そんなことしなくても、テキュー本人から聞き出せば良いのか。当然のことに思い当たり、ロジュは笑いそうになった。


 そうやって少し思考が外れているうちに、グレースがこちらを見ていることに気がついた。ロジュはまた彼女の目を見つめる。


「ロジュは昔から花が好きだったものね」

「……ご存じだったんですか?」

「もちろん」


 グレースは自分のことが嫌いだと思っていたが、そうではなかったのかもしれない。ロジュが知らない間にロジュを気にかけてくれていた可能性もある。


 それでも。ロジュがグレースとほとんど話したことのない事実は変わらない。


 そのことを恨む気も、嘆く気もない。どちらにせよ、歩み寄らなかったのはロジュも同じ。最初から諦めていた。


 そういう意味でも、ロジュは母に似ているのだろう。ロジュは顔立ちはあまり似ていない母を見ながらそんなことを考えた。


 グレースが何かを思いついた顔をしたあと、口を開く。


「そういえば、ロジュ。シルバ国の、ウィリデ陛下とは仲が良いようね」

「……はい」


 他国の人間と仲良くしていることを咎められるのだろうか。ロジュの中に不安が生まれたが、グレースの表情は穏やかなままだった。


「昔、シルバ国に留学していたことがあるの」

「そうだったんですか?」


 ロジュはそんな話を聞いたことはない。思わず聞き返すと、グレースは穏やかな目で頷いた。


「ええ。そのとき、前王妃――ウィリデ陛下の母君、アメリア様とは少し面識があったけれど。早くに亡くなってしまって本当に残念」

「そう、ですね」


 ロジュは会ったことがない。それでも、噂だけは聞いたことがある。天真爛漫で、行動力があった人だと。正直、ウィリデやリーサにはあまり似ていなさそうだ。2人とも笑みを浮かべているが、それは無邪気なものではなく、それを武器として使っていることを知っているから。ヴェールともあまり似ていなさそうだが、彼のもつ純真さは近いものがありそうだ。


「前王妃様はどのような方でしたか?」

「そうね。びっくり箱のような人だったわね」

「びっくり箱?」

「そう。突拍子もないことを思いついていらしたわ。前王陛下はそれに振り回されていたもの」

「そうだったのですか」


 シルバ国の話になってから、少しずつ会話ができるようになった。紅茶を2杯飲み終わったところで、お開きとなった。


 ロジュが自室に戻ろうとしたとき、グレースから呼び止められた。


「ロジュ。また、話せるかしら」

「はい。ぜひ、お願いします」


 最初の方は気まずかったものの、最後の方は普通に会話ができるようになった。今度はもっと対策をしてこようとロジュは決めた。母との会話だからといって、無計画すぎた。

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