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五、テキューの一歩目

 テキューは完全な拒絶をしたはずだった。しかし、彼女の粘り強さを忘れてはいけなかった。


 再び、毎日のように手紙が届くようになった。しかし、テキューは今度こそ引く気はない。手紙を受け取りすら拒否した。その手紙に自身の手で触れることもしなかった。


 この前は遠回りをするくらいしかしていなかったが、今度は本気で避けた。エヴァの目撃を配下に集めさせ、絶対に会わない道を通った。


 そうやって、避け続けているうちに、彼女は来なくなった。テキューはもちろん自分からなど会いにいかない。エヴァと会うことのないまま、時は過ぎていった。


 気がつけば、エヴァが隣にいた時の心の安寧や、穏やかさは消え去っていた。テキューの中では、エヴァへの憎悪だけが燻っていた。


 そうして数年が経過したある日。テキューの部屋の机に、手紙が置いてあった。


 宛名も、差出人も書いていない。それでも。


「はっ……」


 思わず呆れた笑みがこぼれ落ちた。テキューは、分かる。これはエヴァの書いたものだ。


 封筒も、置き方も、置く場所も。エヴァがやりそうなものだ。一応中を確認するが、筆跡はやはり見覚えのある。


 中を見てしまったから、一応目を通した。


 そこには、テキューの機嫌を損ねてしまい申し訳ないということと、テキューの役に立つために何でもするからまた会いたいということが書かれていた。


「僕の役に立つ?」


 なぜエヴァはこんなにもテキューのことを気にするのか。さっさと忘れて、ロジュを惚れさせればいいのに。


「別に誰の助けもいらないのに」


 ウィリデを手にかけた前の人生とは違い、今はロジュの周りの存在全て排除したいとは思っていない。ロジュから少しでも好意か敵意を向けられることを目指しているのだ。


 誰かの助けなど、要らない。


「……なんか、面倒になってきたな」


 この手紙を見たことで、エヴァへの憎悪は少しだけ萎んだ。嫌悪感は残っているが。


 好きにしろ、その代わり見返りも何も求めるな。そのように手紙を書いてエヴァへと送る。


 無条件の従属を求めるかのような雑な手紙だったから、エヴァから返事が来なくても良かった。むしろ、見限ってほしかった。


 それなのに、エヴァは嫌がるどころか嬉しそうな返事を返してきた。最後に礼まで書いて。テキューは何とも言えない気持ちになり、手紙を引き出しの中にしまった。


 ◆


 エヴァは、ロジュと同学年だ。だから、ロジュがどんな学生生活を送っているかは、全部エヴァから聞いた情報だ。


 名目上はエヴァが勝手に送ってきているだけ。それでも、テキューが興味を持っていた内容であることは事実。実際、休み時間にテキュー自身がロジュの様子を見に行くこともしていた。しかし、やはりエヴァの手紙のほうが詳細に書かれている。


 その手紙を何度も何度も読み返して、頭に思い浮かべた。ロジュ・ソリストという人間をよりよく知り、彼から感情をもらうには情報が必要だった。


 誤算があるとすれば、なぜかウィリデがシルバ国を閉ざしたこと。おかげで、ロジュは暗い表情をしていることが多くなり、人に心を開く様子は見えなかった。


 ロジュに多大なる影響を及ぼすウィリデに、羨みと妬みは相変わらずあった。それでも、ウィリデに何かをすれば、ロジュは。あの脆さをもつ兄が壊れてしまう気がして。テキューは流石に手を出せなかった。


 とりあえずロジュの情報を集めるだけの日々が続いた。そうしているうちに、シルバ国は再び元のように外交を始めた。それもロジュをきっかけとして。


 さらに、変な話を耳にした。シルバ国の王妹、リーサ・シルバニアが留学をしてくるという。その話を聞いて、少し嫌な予感がした。


 それは気の所為ではなかった。リーサは、ロジュに何度もアプローチをしていたのだから。


 テキューは、リーサと少し関わりを持つうちに、彼女を認めざるを得なくなっていた。もっとも、テキューに何の権限もない。それでも、彼女がロジュを思う気持ちは本物に見えたし、ロジュも少なからずリーサを意識しているようだった。


 リーサのことは気に食わない。その一方で嫌いではなかった。


 堂々と背を伸ばしているのはウィリデと似ていたが、ウィリデとは違い、求めるもののためなら手段を問わない思い切りの良さや、貪欲さがあった。


 リーサとロジュが並んで歩いているのをみるたびに、テキューはエヴァのことを考えていた。彼女は、ロジュが別の人と好い仲になることを、どう思っているのか。


 テキューは気になったものの、エヴァには聞かなかった。テキューに何かができるわけではないのだから。


 それに、テキューはロジュと約束をした。正しくなること。そして、その正しさを踏みにじられないほど強くなること。自分がどう生きるかを決めなくてはならない。


 テキューは、ロジュのために生きたい。それは変わらない。しかし、何がロジュのためになるのか。


 そうやって考えているときに、エヴァから手紙が届いた。


『リーサ王妹殿下が、ロジュ殿下に近づいているようですが、どうしますか?』


 それを見て、思わず笑みがこぼれた。どうするか? テキューはどうする気もない。その必要はないのだから。


 そこでふと思う。エヴァは、なぜテキューのことを気にするのか。


 エヴァ・クリムゾン。テキューから離れようとしない彼女と、そろそろ向き合ってみようと思った。


 それがテキューの一歩目だった。

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