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一、執着の始まり

 テキュー・ソリスト。


 ソリス国の第二王子。そして、ソリス国では正統といえる赤い瞳を持つ。


 そして、一部の人間からは、こう言われている。


「テキュー・ソリストは狂人である」


 ◆


 テキューは幼い頃から母親、グレース・ソリストに近いところで育てられていた。


 母親はテキューのことをかわいがってくれていた。テキューはそれに甘んじ、特に疑問を感じることはなかった。


 しかし、彼の母は時折、憂いに満ちた顔で窓の外を見ていた。その表情は、嬉しそうでもあり、悲しそうでもあった。


 テキューは不思議だった。何がそんなに母親の表情を変えるのだろう。


 好奇心が抑えきれなかったテキューもこっそり窓をのぞき込むと、そこには深紅の髪を持った少年がいたのだ。遠くでよく見えなかったが、テキューは猛烈に興味がわいた。その深紅は艶やかで薔薇のようだ、という印象を受けた。


 その人は、よく中庭にいるようだった。中庭の一角には、母が育てている空間がある。その空間をその少年がじっくりと眺めているとき、母はいつも以上に嬉しそうだった。彼女の橙色の瞳は温かい色を放ちながら強い慈愛が宿り、テキューの方を向いてはくれなかった。


 きっと、幼いテキューは気がついていないと思っていたのだろう。しかし、テキューはしっかり気がついていた。


 テキューはその存在を疎ましくは思わなかった。むしろその人に会ってみたくなった。そのときはただ、好奇心を持っただけだった。


 それが解けることのない執着への一歩目であると知っていたとしても、テキューが手を伸ばさずにはいられなかっただろう。


 それぐらい、魅惑的で、甘美な存在だった。さながら、人を惹きつけてやまない薔薇のように。


 テキューは何かと理由をつけて中庭に足を運ぶようになった。このときのテキューぐらいの年齢の子どもが外の世界に興味を持つのにはなんら違和感はない。使用人はテキューの我が儘に困った顔をしながらも、連れ出してくれた。


 しかし、あの薔薇のような人物とは会わないように徹底的に時間をずらされているのにテキューは段々気がついてきた。テキューが中庭に行くとなると、使用人達は綿密に連絡を取り始めるのだ。そのことに気がつかないほど、無知な子どもではなかった。


 それでも。使用人がどれほど頑張っていたとしても、その人と会ってみたいという衝動を堪えきれなかった。我慢の限界に達したテキューは、ある日中庭でわざと使用人と離れた。迷子になったふりをして、逃げ出したのだ。


 こっそり草木の間で身を隠す。あの人はくるだろうか。テキューは上気した頬を両手で包み込んだ。


 運はテキューに向いていたらしい。その人がちょうど庭にいる時間だった。


 その人を見た瞬間、テキューは目が離せなくなった。彼の深紅の髪は見惚れるほど美しく、彼の藍色の瞳は彼の容姿を際立たせていた。


 瞳が派手な色ではないからこそ、調和が取れている。その人物が花を眺めるために、目線を下に落とすと、目元が陰り、その時の瞳の色の方が、日差しの元より美しく感じた。


「こんにちは」


 テキューが持ち前の愛嬌を前面に出しながら、草の間からひょこりと顔を出した。


 その人は虚を突かれたように目を見開いたが、瞳が見開かれるとまた色が変わって見えて、テキューは思わず魅入る。もっと、みたい。そんな感覚が湧き上がってきて、見惚れてしまった。


 この人の声が知りたい。そんな気持ちから、テキューはまた話しかけた。


「テキューと言います。お兄さん、お名前は?」


 テキューが名前を告げると、その人の顔は強張った。テキューはその人を見ながら考える。強張った顔の方が好きかもしれない。


「……。ロジュ・ソリスト。お前の兄だ」


 名前をきいて、テキューは納得がいく。この人が、自分の兄か。


 話に聞いていたように、瞳が赤じゃない。その瞳の色が汚いと称していた人がいたが、それは嘘だったらしい。だって、こんなにも綺麗で、透き通っているものは見たことがない。高級な服の色よりも高貴な雰囲気で、高尚な輝きを持っている。


「ロジュお兄様、だったのですね」

「ああ」


 二人の間に奇妙な沈黙が流れる。テキューはあったことがなかった兄と何を話せばいいか、分からない。それはロジュも同様のようで、困った顔をしている。


 ……やっぱり、困った顔も好きかもしれない。


 テキューの中に湧き上がる感情。もっと、見てみたい。このロジュ・ソリストという人物のいろんな顔を。


 こうしてテキューはロジュへ興味を示すこととなった。


 これ以上の出来事が何もなかったら、テキューはロジュにはまったとしても、浅瀬だっただろう。ただロジュの見た目を気に入っていただけなのだから。


 テキューはその後、深淵まで溺れてしまった。もう、抜け出すことはできない。


 テキューはロジュのこと見たかったため、中庭に通うようになった。

 

 母はそのことに気づいていたのだろう。何か言いたげな顔を向けることもあったが、結局口を開くことはなかった。それをいいことに、テキューは中庭でロジュを待ち伏せていた。


 しかし、ソリス城の優秀な使用人は同じミスをしなかった。ロジュとテキューが会わないように徹底されていた。テキューが数時間くらい外でいても、ロジュと再会することはできなかった。


 あまりの徹底されように、テキューはその指示を出している人物を誰かすぐにわかった。


 この国の王であり、父親である、コーキノ国王。


 多分ソリス国の王からの命令であるからここまで徹底されているのだろう、ということは容易に予想できた。


 父親が何を守りたくて、何を目的としてそれをしているかは知らない。どっちにしろ、テキューにとって不都合なのは事実だ。


 父から会えないように仕組まれている状況でどのようにしたら良いか。まだ幼かったテキューは、必死に頭を動かした。

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