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『正しさ』に固執し、身を滅ぼした元王太子(ワイス・ベインティ)

 信じて、信じて、信じていた。


 それを間違いだと突きつけられたとき、一体どうしたらいいのだろう。


 ◆


 ワイス・ベインティは、ベイントス国の第1王子として生を受けた。母親は堂々とした王として君臨しており、自分もそうなるように言われながら育てられた。


 母はすごい人だった。女性として侮られることもあったようだが、それをすべてはね除けるほどの優秀さを持っていた。


 それはすべて、ベイントス国の繁栄に繋がっていた。


 自国の利益を求めろ。それがベイントス国の、信条。


 それをワイスは特に疑問に思ったことはなかった。そのことが当たり前であり、正しいのだと思っていた。


 言われたことを素直に受け取る。ワイスはそうやっていたが。母であり、女王であるブランは時折心配そうに言ってきた。


「ワイス。あなたは愚かではないけれど、信じすぎる。だから、人のことを疑いなさい」


 そう言われても、ワイスはあまり分からなかった。そのときは。


 しかし、信じていた幼馴染に、内部情報を漏らすという裏切りを受けた。信じていた婚約者には愛していると囁かれながらも、彼女の護衛騎士と浮気をされた。


 幾度も騙された。そしてワイスは悟った。


「この世は、間違いが多すぎる」


 人を騙す。最悪な行為だ。


 正しいことは、決まっているはずなのに。なぜみんな、上手くできないのだろう。全員が正しいことを行えば、この世は「正しく」なるはずなのに。


 そんなワイスは。母からの指示で向かったソリス国で、清廉潔白な男を見た。


 同時期に留学に来ていたシルバ国の王太子、ウィリデ・シルバニア。


 全てに隙がなかった。彼は剣の扱いは不得手のようだった。しかし、シルバ国は「寛大さ」を信念としている。武力を見せつける必要のないシルバ国の王太子としては完璧だ。また、その嘘のない姿に羨望をおぼえた。


 ウィリデみたいになりたかった。ウィリデのような人間が、「王」に相応しい存在なのだと信じていた。


 そんなウィリデが正しくなくなったのは、いつからだったのだろうか。


 ソリス国の第1王子、ロジュ・ソリストと親しくなってからだ。


 ◆


 ロジュ・ソリスト。ソリス国の第1王子。2つのフェリチタから加護を受けるという特別な人間。それは認識しているが、それとは別に、この男がウィリデを堕落させた。


 そもそも、ソリス国の第1王子が王太子と決まっていない段階で、ウィリデと接近したのが間違っている。ウィリデは、距離を取りながら次の王を見定めるべきだったのに。あろうことか、「赤の瞳を持つものが王になる」というソリス国の慣習にそぐわない王子と親しくなった。


 確かに、ロジュ・ソリストはそこそこ優秀らしい。しかし、慣習に則っていない時点で「正しく」ないのだ。王に相応しくない。


 それなのに、ウィリデは留学時代に高頻度でロジュの所を訪ねているようだった。そんなにウィリデが肩入れする必要のある人間ではないはずなのに。


 そんな風にもやもやした感覚を抱えている間に、留学期間が終わってしまった。


 ◆

 

 留学期間中、ワイスは一度だけウィリデと話す機会があった。


 それは、不正をしていた人間がいたことが原因だった。課題は基本的に自分の力で取り組むことが推奨されている。それなのに、課題を人と相談して取り組んでいたのだ。そのことを、ワイスは追求した。


 ――実際のところ、課題を1人でやるように規則があるわけでもなく、先生も問題視していなかった。ただ、『自分の力で取り組むように』と授業最後の締め台詞として言っただけだ。それをワイスは本気にしていた。


 ワイスにとっては想定外のことだが、部屋の空気は最悪になった。ワイスは違反行為であるから、授業の単位の取得は認められないと主張したのだが、相手は否定してきた。他国の王太子に指摘されたからか、顔色が悪かった。それでも、なぜか一向に自分たちの過ちを認めようとしないのだ。


 そこに来たのがウィリデだった。彼は鮮やかにその険悪な空気を解消した。ウィリデが仲介に入ったとたん、ワイスを含めて文句を言えない結論に落とし込んだ。


 解決後に、ワイスはウィリデに何か礼がしたいと言ったが、彼は困ったように笑うだけだった。それすら、ロジュと関わり始めて薄れていた完璧が消えきっていないようで、希望を持った。


「それでは、貸しということで」


 結局、そう言って立ち去ったウィリデに、ワイスは羨望を抱いた。やはり、理想な人間はこの人だと思った。


 ◆


 しかし、やはりウィリデはロジュ・ソリストに毒されていたようだ。彼は王になってから、明らかに間違っていた。


 急に国を閉ざして、他国との交流を絶った。交流を復活させたと思えば、国を閉ざした理由を国民に公表することなく隠した。


 そして、ウィリデはワイスに手紙を送ってきた。「あのときの貸しを返せ」と。後で知った話では、それはロジュが毒殺されそうになっていた時らしい。その手紙により、ソリス国の王城の近くを覆う雲を退かすことになったのだ。


 やっぱり、ウィリデは正しくなくなった。ロジュ・ソリストのせいで。ワイスはロジュへの憎悪もあったが、それ以上にウィリデへの失望を膨らませていった。


 間違っているものは、正さないと。


 そうして、ワイス・ベインティはウィリデ・シルバニアのことを呪った。本来の彼を取り戻すために。


 ワイスが解くか、ウィリデが「正しく生きる」と決めるまで呪いは解けるはずはない。そのはずだったのに。


 ウィリデは、平然としてワイスの前に現れた。明らかな怒りをたずさえて。


 おかしい。おかしい。ウィリデだったら、「自分が間違っていた」と過ちを認めるべきなのに。おかしい。


 なぜ、彼はこんなに冷たい目でワイスのことを見ているのか。なぜ、ロジュ・ソリストに向けるような優しい瞳を向けてくれないのか。


 全部、ロジュ・ソリストのせいか。この男を排除すれば、きっと。


 ワイスはロジュに剣を向けた。しかし、結局のところ殺すどころか、剣の先すら身体に当てることができなかった。


 ウィリデからは怒りをかい。母であるベイントス国の女王からも見捨てられたワイスは、ベイントス城に幽閉されることとなった。


 ◆


 出ることを禁じられ、外には見張りを立てられた部屋。ワイスは、呆然としていた。


「なぜっ……?」


 何が悪かったのだろう。ただ、「正しく」ありたかっただけだったのに。その正しさを、自分の尊敬する人にも持ってもらいたかっただけなのに。


 認めたくなかった。それでも、この状況になってようやく理解はした。


 自分が、間違っていたのだと。


 それでも、どうすれば良かったのだろう。どうすれば、「正しく」生きられたのだろう。そもそも、「正しい」とは何なのだろう。


「一体、どこから……」


 ワイスは、どこから間違えていたのだろう。もっとワイスが賢ければ、正しさを理解できたのだろうか。ウィリデと出会わなければ良かったのだろうか。


「……どうすれば、良かったんだ」

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