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六十、命令ではなく

「ラファエル。シユーラン。頼む。これは命令じゃない。個人的な頼みだ。力を、貸してほしい」


 次の日の大学後。ソリス城のロジュの仕事部屋。ロジュはラファエルとシユーランに頭を下げていた。説明はまだしていない。協力をするという確証がないと、事情を説明できない。


「ロジュ様、顔を上げてください」


 ラファエルに言われ、ロジュは頭を上げる。ラファエルが迷いのない薄紫色の瞳をロジュに向けていた。


「ロジュ様。以前、言いましたよ。僕の全てはあなたのものです。全部差し上げると言いました」


 以前、とはラファエルはロジュの側近になりたいと言ったときだろう。側近になったら、何をもたらすことができるかを問うたロジュに、ラファエル・バイオレットは言った。


『全部、差し上げます。僕の持ちうるもの全て』

『僕の知能、技術、人脈、地位、そして私の命まで。全て、ロジュ様にお渡しします』


 そのときに重い言葉を思い出して、ロジュは頭を抱えたくなった。忘れていたわけではない。確かに彼はそう言っていた。だけど。


「それでも、個人的な用事だ」


 ソリス国の王太子であるロジュがやらなくてはいけない事柄ではない。ロジュが望んで動いているだけで、放っておいてもシルバ国が動くだろう。


 だからこれはロジュの個人的な用事に他ならない。


 しかし、ロジュの言葉に、ラファエルは微笑むばかりだ。


「あなたのものを個人的な用事で使うのは自由です」

「お前は……。それで俺がお前の困ることをやらせようとしていたら、どうするつもりだ?」


 あまりにもラファエルが断言をするため、ロジュは不安になりながら尋ねた。するとラファエルはきょとんとした顔をする。


「僕の嫌なことをやらせるんですか?」

「お前が嫌かどうかを俺は判断できないだろう。俺が判断すべきことでもない」


 ロジュは、ラファエルが何を嫌がるかを決めつける気はない。それは本人の心の中にあるもので、他者の口出しは無意味だろう。


 そう考えたロジュにラファエルが笑い声を上げた。


「あはは。そんなことを言うロジュ様が、嫌なことをやらせるわけないじゃないですかー」

「……とりあえず、お前は協力してくれるんだな。内容も言っていないのに」

「はい。勿論ですよー」


 このままラファエルと会話をしていても、彼が楽しそうにしているだけだ。話を進めるために、ロジュが確認をすると、ラファエルはあっさりと頷いた。


 今度はシユーランの方に視線を向ける。微笑ましそうに二人を見ていたシユーランは、ロジュの視線を受けてすぐに頷いた。


「あ、ロジュ様、私はもちろんお手伝いします」

「助かる」


 昨日、事情を何となく察していそうだったシユーランはそこまで疑問を持っていないだろう。それは想定内だ。


 ロジュの顔を覗き込んだラファエルが、軽やかな口調で言う。


「それで、シルバ国ですか? ウィリデ様の関係ですか? リーサ様の関係ですか?」

「……」


 この男。素知らぬ顔をしながら、やはり予想はついていたのだろう。

 ロジュが睨むと、ラファエルは薄らと笑みを浮かべる。


 ロジュは苦笑した。ラファエル・バイオレットが大人しく待っているだけの男だと考えた時点で間違いだ。ロジュの役に立つことなら、勝手に動き始める。今回はどこまで動いたのか。


「……噂になっているか?」

「まだそんなにです。一部、くらいですね」

「噂はどのような内容だ?」

「シルバ国との予定について、日程が変更になったという話が少し」


 ロジュは頷く。それは仕方がない話だ。リーサがいきなり交渉などをできるはずもなく、側近だけでは不十分な場もあるだろう。その日程を後ろ倒しにすれば、怪しむ人がいるのは当然だ。


「そうだろうな。国のトップが動けないんだ」

「どういうことですか?」


 怪訝な顔でロジュを見てくるラファエルに、そこまでの情報は流れていないようだ。

 ロジュは黙っているシユーランに視線を送る。彼が言った「不穏な色」について嫌な想定ができているのだろう。顔を強張らせている。


「ウィリデがずっと眠っている。いや、眠っているのかも分からない。意識がない」


 ロジュは自分が見たこと、考えたこと、調べたこと、予測として立てていることを全て話した。ラファエルとシユーランは時折頷きながら聞いているが、驚く様子はあまりない。


「シユーランはともかく、ラファエル。お前はもっと驚け」

「まあ、ウィリデ様かリーサ様に問題が起こっているというのは予測ができていたのでー」

「……」


 薄紫色の瞳で見透かすように見られて、ロジュは息を吐いた。


「なんでシユーラン様はともかく、なのですか?」


 ラファエルから問われ、ロジュはシユーランに視線を向けた。


「シユーランのフェリチタで、シルバ国に異変が生じているのが分かったらしい。そうだよな?」

「はい」


 シユーランの返事を受け、ラファエルがぱちぱちと瞬きをした。


「空気のフェリチタってそんなに便利なのですねー」

「便利……。確かに、役に立ちますね」


 便利というラファエルのあけすけな言葉に、苦笑したシユーランだが、それでも表情にどこか嬉しそうなのは隠せていない。


 彼がきっと手に入れることを何度も願ったものだ。それを褒められて嬉しいのだろう。


「シルバ国からおぞましい空気が漂っていて。それが何かまでは分からないのですが。それと同時期にロジュ様が『個人的な用事』で忙しくなさっていたので。関係があるのかという話をこの前しました」


 シユーランの説明は、この前ロジュが聞いたとおり。ラファエルが頷きながら返事をした。

 

「なるほどー。シユーラン様に先に情報を掴まれたのは少し悔しいですね」

「ええっと……。すみません」


 申し訳なさそうなシユーランを見て、ラファエルが楽しげに笑った。


「いえ。シユーラン様は悪くないです。次は、もっと速く情報を掴めるように頑張ります!」

「やめろ、ラファエル。それ以上速く掴まれても困る」


 ロジュは慌てて止めた。ロジュの中で整理がついていない状態で、問われたら、説明もできずひたすら困ることになるだろう。


「えー、ロジュ様。僕の行動を制限しないって言ったじゃないですかー」

「それは、言ったが……」


 過去の自分の言葉に首を絞められている。黙ったロジュを見て、ラファエルが少し考え込む。名案を見つけた、というように表情を明るくした。


「分かりました。ロジュ様がいつくらいに情報を掴んだかまで、ちゃんと調べることにします! 問い詰める日は調整します!」

「……それで、頼む」


 やめろと言っても響かなさそうなラファエルに、ロジュは諦めて頷いた。

 そもそも、ラファエルの行動を制限しないと言ったことがあるロジュに止める権利はない。

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