五十七、妹と弟
とりあえず動くことにしたロジュは、ソリス国内で手がかりになりそうなことを探すことにした。城の中を歩いていたロジュは城内の庭で足を止めた。
「クムザ、オーウェン」
ロジュの妹、クムザ・ソリストとラファエルの兄、オーウェン・バイオレット。ベンチに座って何かを話していた2人がロジュの声で振り返る。
「ロジュお兄様。どうなさったの?」
「呪いに聞き覚えは?」
挨拶も前置きもなく問うたロジュに、クムザもオーウェンも何かを言うことはなかった。
「呪い……?」
クムザがオーウェンの方を見る。は難しい顔をしていた。
そんなクムザがロジュへと向き直る。彼女の表情はどこか強張っていた。
「それは特定個人への呪い?」
「ああ」
「……」
また不安げに視線を交わした2人だったが、すぐに首を振った。
「ごめんなさい。私は知らないわ」
「俺も知らないです」
「言えない、ではなく知らないでいいな?」
「ええ」
2人が何らかの事情で言えないという可能性があることを考慮して質問をしたが、はっきりと否定した。それなら、その言葉を信じるしかない。
2人の表情が固かった理由は分からない。「特定個人か」を問うたのが何か関係しているのか。あるいは全く別のことか。少なくとも、ロジュの欲している情報ではなさそうだ。
「分かった。ありがとう」
「いえ、力になれなくてごめんなさい」
2人の言葉から、彼らの知る情報は無関係。ロジュが手にしたのは「関係ない」という情報だけだ。
このままシルバ国に行くかを一度考えたあと、ロジュはもう1人、用事がある人間を思い出し、城の中へと戻った。
◆
ロジュは扉の前で静かに呼吸をした。彼と会話をするのは少し体力が削られる。自分が言葉を少しでも間違えれば、暴走してしまうのではないかという不安から、慎重にならざるを得ない。
覚悟を決めて扉を叩いたロジュは、中からの返事を待ってから、扉を開いた。
「テキュー」
「ロジュお兄様!」
弟、テキュー・ソリストの部屋に入ったロジュは、テキューの顔を見る。
ロジュを見た瞬間、一気に顔が明るくなった。しかし、テキューは表情や気持ちを隠すのが上手い。その表情が心から素直に浮かんだという確証はどこにもない。
「テキュー、頼む。正直に答えてくれ」
「なんですか?」
ロジュの顔を見たテキューが首を傾げた。ロジュはテキューの表情を見逃さないように気をつけながら口を開く。
「最近、何かしたか?」
「何か、ですか?」
決めつけられていると思われないような言葉で。仮に知っていたとしたらこれだけで伝わるだろう。
きょとんとしたテキューの顔は本物だろうか。それとも作り物だろうか。ロジュは迷いながら次の言葉を選ぶ。
「俺に関係することで、何か」
「……僕の基準では、何もしていないです」
「そうか。それなら良い。邪魔したな」
ロジュはあっさりと引き下がることにした。
あまり執拗に尋ねると、テキューが介入をしかねない。今は無関係だとしても、ロジュの言葉が関係への引き金となるかもしれない。それは避けたい。
敵が誰かも分かっていない状況で、テキューまでも敵に回すのは悪手。
ロジュは部屋から出ようとすると、テキューから呼び止められた。
「ロジュお兄様」
「なんだ?」
振り向かずに返事をしたロジュに、テキューの怪訝な声が聞こえる。
「何かお困り事ですか?」
「……」
返答に窮したロジュだが、この沈黙は怪しまれるだろう。テキューの方を振り返り、首を振った。
「問題ない」
「僕の能力を信じてくださらないのですか?」
真っ赤な瞳に見つめられ、ロジュは浅く息を吸った。
「違う。今のところはお前の助けが要らない。それだけだ。仮にお前の手助けが必要なら、また声をかける」
彼の能力を否定をせず、それでもきっぱりと言えないと告げる。じっと真っ赤な瞳をこちらに向けているテキューが何を考えているか、検討もつかない。
数秒間の沈黙後、テキューが軽く息を吐いた。
「ロジュお兄様。その言葉、信じますよ」
「ああ」
ロジュは嘘を言ったわけではない。仮にテキューの手が必要だと思えば、躊躇なく彼を頼る気持ちはある。
もっとも、ウィリデに関係することで頼ることはしないと思うが。
テキューがウィリデを殺した記憶がある限り、ウィリデはテキューに気を許すことはないだろうし、信頼されることはないだろう。
そのウィリデの感情とロジュの感情はできる限り切り離すように努めているつもりだ。
ロジュ自身はテキューに何もされていない。だから、ロジュはテキューに何の怒りも憎しみも持たないようにしなくてはならない。怒りや憎しみはウィリデの感情だ。ロジュがそんな感情を持つなどと、間違えたことをしてはならない。
ロジュは正しくあると決めている。
だから、あくまで冷静でいようと心がけている。普通にテキューと接することができているはずだ。そう信じたい。
ロジュはテキューの部屋を出ながら、次の行動を考え始めた。




