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五十六、解決の糸口

 原因は呪いである可能性が高いとして。ロジュは一度仕事部屋へと戻ることにした。結構な時間が経った。そろそろ行かないとラファエルが心配するだろう。


 先ほど読んでいた本を棚へと戻していき、最後に「世界滅亡」の詩集だけが残った。


 これはタイトルがあまりにも過激すぎるから禁書とされたのだろうか。それとも、この王城に保管してあるということは何らかの意味を持つのか。


 気持ちとしてはこっそり持っておきたかったが、禁書の持ち出しは窃盗となる。この前テキューが持ち出したのは見逃したが、ロジュが同じことをするわけにはいかない。ロジュは本棚へと戻した。


 禁書が蔵書されている場所を出て、仕事部屋へと向かうと、ラファエルだけではなく、シユーランも来ていた。

 顔を上げた2人と目が合う。ラファエルがふわりと笑い、シユーランは会釈をしてきた。


「ロジュ様」

「ラファエル。シユーランも来ていたのか」

「はい」


 ロジュが椅子に座ると、ラファエルが近くまで来て、書類を手渡す。それをぱらぱらと見ていると、ラファエルの声がした。


「用事は済んだのですか?」

「今のところは」

「そうなのですね」


 その書類に目を通したロジュはすぐ気がついた。短時間で終わりそうな内容だ。それは偶然か。あるいは状況を把握していそうな父、コーキノ国王が何かをしたのか。分からない。


「そういえば、リーサ様。今日お休みでしたね」

「そうだったな」


 ロジュはラファエル相手でも素知らぬふりを通す。どこまで人に言っても構わないかの権限を持つのは、代理のリーサか、ウィリデの側近たちだ。ロジュが迂闊な言動をするわけにはいかない。


「ロジュ様」

「なんだ?」

「何かありました?」


 先ほどからラファエルが探ってきていると感じていたが。直球できたか。


「なにが言いたい?」

「いえ。昨晩は夜更かしでもー?」

「時計を見ていないから分からないな」


 探り合いの末、ロジュが言う気がないことをすぐに悟ったのだろう。ラファエルが軽く息を吐いた。


「何かあれば言ってください。僕はあなたの手足になりますから」

「それは助かる」


 ロジュとしても、ラファエルに手伝ってもらいたい気持ちはある。ただ、リーサからの許可がない時点では何も言えない。


「今日はすぐ終わりそうですね」


 シユーランもこちらに来てそう声をかけてきた。

 ロジュはシユーランがロジュたちと一緒に城まで来なかった理由を一応確認する。


「シユーラン。今日もエドワードとの剣術だったか?」

「はい。エドワードに用事ありました?」

「いや。特にはない」


 諜報の家門、エドワード・マゼンタがすでに情報を掴んでいる可能性を考えての質問だ。しかし、エドワードが「いつも通り」であるのなら、情報を掴んでいないか。あるいは知った上で「知らないふり」を通しているか。


「ロジュ様。エドに頼むのなら、その前に僕に頼んでくださいよ」

「分かっている」

「約束ですからね」


 ラファエルからの不満そうな声に頷きながら考える。誰かに探りをいれるとすれば、やはりクムザとオーウェンか。それに、テキューの様子も確認しなければ。


 しばらく手元の書類を確認し、必要な作業をしてから、ロジュは立ち上がった。


「終わった。父上のところに持っていく」

「分かりましたー」

「はい」


 2人の返事を聞いてから、ロジュは再度口を開いた。


「多分今日はおわりだ。2人とも、何もなければ帰っていてくれ」

「それでは僕は帰ります。お先に失礼します」


 シユーランだけを部屋に残して、ロジュとラファエルは部屋を出て、それぞれ違う方向に向かった。


 ◆


 ロジュがコーキノ国王に書類を提出し、仕事部屋に戻るとシユーランがまだ残っていた。


「シユーラン。どうした?」


 ロジュがファローン国から連れ出してきたシユーランは、今のところはソリス城の別館で過ごしている。彼は家を探しているようだが、さすがに他国の王族を適当な場所に住まわせるわけにはいかない。


 そんなシユーランはすでに別館へ戻っていると思っていたが。彼は一体どうしたのか。


「ロジュ様。聞きたいことがあります」

「……なんだ?」


 このタイミングで、シユーランからの質問。訝しむロジュを見て、困ったような顔でシユーランは口を開いた。


「シルバ国で、何かありました?」


 ロジュは表情が動かないように努めた。しかし、いきなり心臓を掴まれた気分だ。

 ああ。この感覚は。以前と似ている。シユーラン・ファローは油断をすれば、全てを見透かしてくるような。そんな感覚。


 ロジュは意識的に薄らと笑みを浮かべた。


「なぜ、そう思う?」


 問われたシユーランはちらりと窓の外に目を向けた。


「シルバ国から、不穏な色が見えます」

「色……」


 それを聞いて、シユーランが何を知っているのかをようやく悟った。


「シユーラン。お前、()()んだな?」

「ええ。フェリチタの力を借りて周りを見渡していたときに、シルバ国の方から違和感が」


 ロジュの解答は肯定しているようなものだ。しかし、シユーランは確信をしているようであったため、否定を続けてもあまり意味はないだろう。


 シユーランのフェリチタ「空気」がどのような役割を持つかは分からない。それでも、シユーランの目に映るのは、ロジュとは違うものまで見えているようだ。


 ロジュの見つけた力で、ロジュの隠し事を知るとは何と皮肉なことか。シユーランが困ったよいうな顔をするわけだ。


「シユーラン。頼む。内密にしてくれ」

「はい。もちろんです」


 ロジュが真剣に懇願すると、シユーランは驚いた顔をしながら、頷いた。


「それでロジュ様。本日の朝はシルバ国にいましたか?」

「……そんなことまで分かるのか?」


 その情報まで知っているとは。ロジュが驚くと、シユーランは難しい顔をして考え込んだ。


「シユーラン?」

「確信はないので混乱させては申し訳ないのですが。それでも念のためお伝えをしておきます。()()()()シルバ国のその悪い空気が少しだけ和らいでいた気がしまして」

「今朝、だけ? 今は?」

「元の悪い空気に戻りました」


 それは何を表すのか。ロジュは自身の心臓が速くなるのを感じていた。

 全ての事象を調べないと分からない。それでも。可能性の1つとして。


「俺が、対処できるかもしれない……?」


 シユーランの言葉で浮上したのは。

 ロジュ・ソリストが解決への糸口になるかもしれないということだ。

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