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五十三、恨みを買ったとすれば

 ロジュの思考は、ライリーによって終了させられた。彼に連れられて、食堂まで向かう。


 食事をすぐに終わらせると、先ほどの部屋でライリーに質問を始めた。


「最近、ウィリデに変わったことは?」

「変わったこと、ですか? アーテル殿下との結婚の準備をなさっていることくらいで……」

「流石。行動が速い」


 この前婚約したばかりだというのに。もう結婚の根回しを始めているのはスムーズに結婚するためだろう。

 

「それでは、ウィリデが恨みを買ったとしたら?」

「……ウィリデ様が、恨み?」


 ライリーが不可解そうに首をかしげる。ロジュもその気持ちは分かる。ウィリデは基本的に嫌われるよりも好かれることのほうが多い人間だ。


 テキューのような例外は除き、嫌われていないはず。


 裏を返せば、「テキューと同じ条件」の人間には嫌われかねない。ウィリデ自身を嫌っているのではなく、「ウィリデのことを好きな人間」に好意を持っている場合。


 例えば、アーテルに好意を抱いていた人間が、その婚約相手であるウィリデを恨む。ありそうな話だ。


 あまり考えたくないが、ロジュに好意を持つ人間の可能性もある。そんな物好きがテキュー以外にいるかは知らないが。


「例えば、アーテルの周囲など心当たりは?」

「あ、なるほど。そちらの可能性ですか」


 すぐにライリーは難しい顔で考え込むが、緩やかに首を横に振った。


「申し訳ありません。心当たりはあまり」

「アーテルは人気そうだが」

「人気でいらっしゃるとは思います。『銀の女神』としては」

「……崇拝対象、か」


 銀の女神と呼ばれるアーテル・ノクティリアス。不正を無視せず、民のために行動をしていた彼女。


 そんなアーテルへ抱くのは、恋心ではない。感情と尊敬。彼女を「崇拝」する。


 婚約はそんな彼女の決定だ。崇拝しているのなら、それに文句をつけないだろう。シルバ国民には慕われ、人格者と名高いウィリデとの婚約に反対する必要はない。むしろ、喜ぶだろう。


 ロジュが考え込んでいると、ライリーの探るような声がした。


「ロジュ殿下。むしろ、あなたの方はどうなのですか? あなたの弟君は、あなたに面倒な感情を持っているのでしょう?」

「……知っているのか?」

「ロジュ殿下を王太子にするために、自分の目に短剣を振り下ろした話は知っていますよ」


 シルバ国の調査はこうだ。国外では大して流れていないはずの情報を当然のように持っている。


 ロジュは息を吐いてから、弟のことを考える。しっかり会話をしたのは、少し前。


『ロジュお兄様、僕を殺したいですか?』

『……導いてください』


 迷子の子どものように、自身へ助けを求めてきた弟。あの会話をしたあとに、ウィリデを害すようなことをするだろうか。


 ロジュはテキューのことをしっかり見ると約束をした。仮にウィリデを害せば、ロジュからの怒りをかうのは確実だ。


 今回は違うと信じたい。


「今回は、関与していないとは思う。それでも、俺の主観だ。あとで探りを入れる」

「……かしこまりました」


 ロジュ自身の思考の流れを教えていないから、ライリーは納得できないはずだ。それでも彼は頷いた。


「それでは、言える範囲で。シルバ国という国が、他国や個人に恨みを買った可能性は?」

「恨み、は確定ですか?」

「今のウィリデの状態は祝福には見えないが」


 しばらく黙り込んでいたライリーだったが、申し訳なさそうに首を振った。


「私の知る限りは、ございません。『言えない』ではなく、本当にありません」


 ロジュに言えない情報があるのではなく、心当たりはゼロ。そんなライリーに頷いた。


「分かった。助かった、ライリー」

「いえ。また何かございましたらお呼びください」

「助かる。ありがとう」


 目ぼしい情報はない。しかしそれは、「分かりやすい原因ではない」ということの証明だろう。


「ロジュ殿下。ウィリデ様のところに行きますか?」

「……良いのか?」

「今はリーサ様もヴェール様もいらっしゃらないと思います」


 リーサもヴェールもいない状態で、ウィリデの部屋に入るのはどうだろうか。


「良いのか? 俺が犯人かもしれないだろう?」


 きょとんとしたライリーは声を上げて笑い出した。


「あはは。ロジュ殿下。ご冗談を」

「……そんなに笑うほどのことか?」


 ロジュがライリーを軽く睨むが、彼は悪びれる様子もなく言った。


「ロジュ殿下。あなたは私と出会ってからの期間が短いと思っていらっしゃるでしょうが、私はロジュ殿下のことを十歳の頃から存じ上げているのですよ? あなたがいかにウィリデ様を慕っているかは存じております」


 全くロジュを疑う様子のないライリーの言葉に、ロジュは藍の瞳を何度も瞬かせた。少し肩の力が抜けた気がする。

 

「……そうか。見ていたんだったな」

「ええ。ウィリデ様の指示で。おかげでロジュ殿下は勝手に親戚の子どもくらいの認識ですよ。あ、不敬にあたりますか?」

「いや、構わない」


 不意に泣きたくなった。自分はウィリデに庇護されていた。それを彼の部下の様子から実感をし、苦しくなった。


 ウィリデからの愛情に向き合わなかった自分が憎い。こんなに大切にしてくれていたのに、それから自分は目を逸らし続けていた。それは、どれほどウィリデを傷つけたのだろう。


 絶対に、ウィリデを救う。ロジュは改めて決意を固めた。


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