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五十二、原因の推測

 ロジュはライリー・シノープルからもらった紙とペンを用いて、自分の思考を明確にしていく。


 ウィリデは何が原因で目が覚めないか。


 可能性としてはいくつかある。例えば、病気。意識の戻らない状態が続く。そんな状態が起こることは文献に残っていた気がする。しかし、医者は「眠っているだけ」と言ったという。それなら、医者を疑わない限り、その可能性は低い。


 ただ眠っているだけ、というのも考えにくい。どれだけ疲弊していたとしても、あそこまで部屋で声を出せば目が覚めるだろう。あるとすれば、睡眠薬を盛られた場合。この可能性は排除しきれない。食べ物や飲み物を口にした後かどうか。ウィリデの様子を見ていた人に尋ねる必要がありそうだ。


 ロジュが以前経験したように、毒を盛られた可能性。それは限りなく低い。毒を盛られたにしては、眠りが穏やか過ぎる。一度可能性から排除してよさそうだ。


 他に考えられるのは、仮死状態にされた可能性。これは否定がしきれない。しかし、仮死状態なら、「呼吸は止まっている」という。ウィリデは呼吸をしているように見えた。

 それでも、「普通」と一緒に当てはめて良いとは限らない。むしろ仮死状態ではないと思わせるために呼吸を止めていないかもしれない。そんなことができるかは分からないが。


 他にあるとすれば、何だろうか。


 事件ではなく、事故だとしたら。例えばルクスの暴走。愛情を込めることで作ることが可能なルクス。便利な道具としてウィリデは大量に作っていた。今までいくつもロジュにくれた。しかし、その原理には謎が多く、フェリチタが関わっているのでは、と予想されている程度だ。

 それがどのように暴走したらこの状態かは分からないが。


 ルクスにかかわらず、フェリチタと何らかの関係がある可能性もある。ウィリデのフェリチタは陸上動物。それに危機が生じ、それに関係してウィリデの意識がない可能性。

 しかし、その線は薄そうだ。その場合、シルバ国の動物密輸事件のときに同じ状態になっているだろう。もっともフェリチタが動物密輸事件、クムザたちが起こしたことを「容認」していたとも考えられるから、並列に考えて良いかは分からない。


 そもそも。誰かに「された」という軸で考えているが、何らかの危険を察知して、「ウィリデ自身が自分をその状態にした」という可能性もあるのが厄介だ。その場合、原因を見つけるのが返って裏目にでるかもしれない。


 ロジュの知らない方法で、ウィリデ自身が望んで行っている。そうだとしたら、原因特定は難しい。


 それでも、ウィリデが自分で行うなら、誰かに言うはずだ。ライリー達側近か。リーサか。ヴェールか。あるいはロジュか。誰かしらに何らかの情報を渡すはず。


 盤面を深く見通すウィリデが、周囲の混乱を予想できないとは考えにくい。


 それをする余裕がないくらい切羽詰まっていた可能性はある。


 他。何かあったか。ロジュは必死に頭を回転させる。眠っているように突然目が覚めなくなる現象の可能性。何か。


「ロジュ」


 急に名を呼ばれ、一気に思考から引き戻される。自分がどこにいるのか分からなくなり、周りを見渡す。ライリーに案内された部屋。自身が使っている机と椅子の周囲には紙が散乱していた。


「……リーサ」

「一晩中起きていらしたのですか?」

「もう、朝か?」


 リーサの言葉で外を見る。真っ暗だったはずの外は、太陽の日差しに照らされていた。


「本当だ。祈らないと」


 毎朝太陽に向かって祈りを捧げているが、今日も例外ではない。雨の日でも、太陽があるはずの方角に祈るくらいだ。例外は立てないほど体調が悪いときくらいだ。


「悪い、リーサ」

「ええ。お待ちしていますわ」


 ロジュは窓を開け放つ。そして手を組んだ。目をそっと閉じる。この地の平和と、ソリス国の安定に祈りと感謝を。今日はウィリデの無事も込めて。


 いつもは五分前後だが、今日はそれよりも長かったかもしれない。ロジュが祈りを終えて、目を開く。このときの眩しさは、いつになっても慣れない。大きな音がしないように、丁寧に窓を閉めた。


「悪いな。リーサ」


 振り返ってリーサを見ると、彼女はぼんやりとロジュを見つめていた。


「……リーサ?」

「あ、いえ。何でもありませんわ。こんな時でなければ、ルクスに残したかったくらい美しくて……」


 後半がよく聞き取れない。ロジュが不思議に思っていると、リーサが首を振る。


「いえ。大丈夫です。それより、ロジュ。お休みになったらどうですか?」


 そのリーサからの提案に、ロジュはすぐ首を振った。


「俺は一晩寝なかったくらいで使えなくなる人間じゃない。お前こそ、休んだ方がいいんじゃないか? 顔色が悪い」

 

 昔、暗殺者が絶えず来ていた頃など、一週間毎晩だったか。睡眠を邪魔されたことはある。しかし、翌日は誰にも気がつかれていないはずだ。流石に一週間の最終日は酷い眠気に襲われたが、隠せる程度だった。


 ロジュは慣れている。その一方で、リーサは慣れていないだろう。彼女の顔色の悪さから、ずっとウィリデの近くにいたことは伝わってきた。


「それでも……。眠れる気がしませんわ」

「ウィリデの様子は?」


 ロジュの問いに、リーサは苦しそうに首を振った。


「特に変化はないです」

「……そうか」


 ロジュは自分が散らかした紙を回収しながら返事をした。手伝おうとするリーサを制止、何十枚にも及んでしまった紙を手にする。覚えている情報を書き殴っただけの関係ない紙ばかりで、使えるかは分からない。それでも、とっておくに越したことはない。


「リーサ。少し休め。お前まで倒れたら、シルバ国は大混乱だ」

「そう、ですわね。そうします」


 躊躇い気味であったが、リーサはロジュの言葉に頷いた。ウィリデが動けない今、自分がシルバ国の最高責任者である自覚はあるのだろう。


「ロジュ、あなたも無理はしないでください」

「大丈夫だ。お前は今、自分とシルバ国のことを考えろ」

「はい。ありがとうございます」


 不安そうにロジュを見ていたリーサが部屋から出て行った後、椅子に戻って深呼吸をした。あまりにも情報が足りない。しかし、他国の人間であるロジュが根掘り葉掘り聞くことや、書庫に入ることができるだろうか。


 ソリス国で文献を漁るのが良いか。深紅の髪を乱雑にかき上げると、ドアを叩く音がした。


「誰だ?」

「ライリー・シノープルです。入ってもよろしいでしょうか?」

「ああ」


 若葉色の髪に、水色の目を持つ男が入ってきた。彼も寝ていなさそうだ。


「ロジュ様。お食事の準備をさせようと思うのですが」

「……要らないと言ったら困るよな?」

「それはもちろん困ります」


 ロジュが来ているのは非公式とはいえ、流石にロジュが食事をしなかったなどと情報が漏れれば、困るのはシルバ国だ。意識を戻した後のウィリデを困らせるのは、本意ではない。


「簡単に食べられるものを頼めるか?」

「かしこまりました。ロジュ様、食べられないものはありました?」

「特にない」

「伝えておきます」


 部屋を出て行こうとしたライリーを、ロジュは慌てて引き留めた。


「ライリー。悪いがあとで話をできるか?」

「構いません。それでは食事後に」


 ウィリデの他の側近とは話したことがあまりない。ロジュを一方的に知っている可能性はあるが、それでも一応ライリーに聞いた方が良いと判断した。

 わざわざライリーがロジュの所まで来た。それは、ロジュへの対応はライリーに任されたということだろうから。


 ロジュはまた息を吐いてから、目の前の紙へと視線を戻した。

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