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五十、突然の連絡

 その連絡は突然だった。


 ――ウィリデ・シルバニアが倒れた。


 ◆


 その情報が入ってきた瞬間、リーサ・シルバニアは自分がどう動くべきかを真剣に考えていた。


 本音では、今すぐウィリデの元に行きたい。様子を見たい。無事を確認したい。しかし、自分がシルバ国に戻るのは最善手だろうか。


 下手にリーサが動いて、この情報が漏れた場合。シルバ国の地位を下げかねない。


 誰がどこまで知っているかが分からない時点で、下手に人を頼れない。リーサは、目の前の鳥を見て、頭を抱えた。


 この鳥を送ってきたのは、ウィリデの側近の1人、ライリー・シノープルだ。


 ライリー・シノープルがロジュに連絡を送ったかが分からない。


 通常は送らないはずだ。他国の王太子になんて。しかし、ウィリデとロジュの関係を熟知しているなら話は変わってくる。


 現実問題、ウィリデに何かがあったとして、それを解決する知力、行動力、権力、情報を持ちうるのはロジュ・ソリストだ。可能ならば、ロジュに頼りたい。


 しかし、リーサはシルバ国の王妹だ。この状況下でロジュを頼ることが最善かは分からない。


 冷静になれ。冷静に。リーサは必死で自分に言い聞かせた。


 ウィリデが本当に倒れたとしたら、シルバ国はリーサに委ねられるも同然。


 今からシルバ国に向かう。それで、問題ないだろうか。


 今からの自分の行動全てに、重みがのる気がして。リーサは震えそうになるのを必死に堪えた。


 まだ誰に何を言われたわけでもないのに、重圧を感じる。リーサは今23歳。ウィリデが王となったのは20歳だ。これほどの、いや、これ以上の重圧に兄が耐えていたと思うと、余計息苦しくなる。


 リーサは自分の頬を軽く叩いた。しっかりしろ、リーサ・シルバニア。シルバ国に行く。自分がそう決めた。それなら行くしかない。


 そう思って、リーサは支度をしてから屋敷の外に出た。夜の空気は少し肌寒い。


「リーサ」

「え、ロジュ?」


 気を張っていた中、声をかけられたことで思考が追いつかない。その闇にとける色の藍の瞳。闇でも隠しきれない深紅の髪。その不均衡さを携えたロジュが、表情なく立っていた。


「シルバ国に行くんだろう? お前は馬に抵抗あると思うが、こちらの方が速い。乗れ」

「ですが……」

「一刻を争うだろう?」


 ロジュの藍の瞳を覗き込む。予想外にも、彼に焦りは少なかった。


「それでは、お願いしても?」

「ああ」


 しかし、リーサはロジュが連れてきた馬の前で立ち尽くした。


「どうやって、乗るのですか?」

「ここに手をかけて、そこから……」


 ロジュの教えの通り、リーサは馬に乗る。シルバ国では禁止されている行為をしているという背徳感が心に広がるのに気がつきながらも、これが最善だと言い聞かせる。


「行くぞ」


 軽やかにリーサの後ろに乗ったロジュが、リーサの返事より前に馬を走らせる。


 最初は慣れない感覚に固まっていたリーサだが、次第に風へ意識が向くほどには余裕ができた。


 余裕ができたリーサの脳内では、ここからの動きを計算しだした。


「ロジュ」

「どうした?」

「……この情報、誰から聞きました?」

「ライリー・シノープルからだ」


 つまり、ロジュにも伝えたほうがいいというのがウィリデの側近による判断。あるいはヴェールの判断かもしれない。


 ロジュまで話を回す。それは、「倒れた」というのが単純な体調不良ではない可能性がある。


「リーサ」

「はい」


 後ろのロジュから声をかけられ、表情が見えない状態のまま返事をする。


「大丈夫だ」

「え?」

「ウィリデなら、きっと大丈夫」


 彼はどんな顔をしているのだろう。リーサは猛烈にロジュの顔を見たくなった。しかし、初めての乗馬で振り向くことなどできるはずもなく。もどかしさだけが募る。


 なぜ、ロジュがあまり動揺していないのか? 正直なところ、彼が平常心を保っていることに驚きを隠せない。


「ロジュ」

「なんだ?」

「……何か、知っているのですか?」

「いや……」


 明らかに言葉を濁しながら黙ったロジュへ、若干の疑いをもつ。


「……内密にしてくれ。ウィリデが『自分が自由に動けない事態になったら助けてくれ』と言っていた」

「それ、は……」

「これを予見していた可能性はある。予見まではしていなくとも、何らかの異変を感じていたか」


 そんなことはできないだろう、なんて言えなかった。当事者がウィリデ・シルバニアである時点で。


 兄は、何かを見透かすように計算をして動いていることがある。リーサと見えている世界が違うのでは、と畏敬の念を抱くくらいには。


 リーサにとってウィリデは大切な兄であり、敬愛する王だ。


 そんなウィリデが事前にロジュへ頼みをしていたのなら。そんなに事態は単純ではない。


 ソリス国王太子に、頼んだのだ。


「リーサ、大丈夫か?」

「え?」

「……震えている」


 ロジュに言われ、リーサは苦笑した。こんな怖いこと、今までにはなかった。


 それでも、リーサは平気でいなければならない。できる限り、平常を装う。


「お気になさらず。馬の揺れですわ」

「……そうだな」


 ロジュには気がつかれていそうだが、リーサは必死の虚勢を張った。


 シルバ国は、もう目の前だ。

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