四十九、無視をした違和感
「ロジュ様、おはようございます」
「おはよう、リーサ」
リーサのいるシルバ国の所有する建物に、ロジュは馬車で迎えに行った。馬車に乗ったリーサを、ロジュはまじまじと見つめる。
一応服装は質素だ。しかし、若緑色の髪、橙色の瞳。そして透き通るような肌に、整った顔立ち。その場にいるだけで視線を集めるだろう。
「……目立ちそうだな」
「そうですか?」
きょとんとしているリーサへロジュは苦笑した。
「お前の美人さが隠せていない」
「……急に褒めないでください」
少し顔を赤らめながらリーサが頬をおさえる。その反応に、ロジュは首をかしげた。
「思ったことを言っただけだが」
橙の瞳をぱちぱちと何度も瞬かせたリーサがぽつりと呟く。
「……最初に会ったときは、無だったじゃないですか」
「炎の中で立ち尽くしている女に向かって、美しいと平然と言う人間がいたら見てみたいが」
ロジュとリーサの出会いは、炎の中だ。少なくとも今回は。ロジュがあの時『ウィリデの妹』を助けることに必死で、顔を認識したのは炎を消すことができてからだ。
リーサが曖昧な表情で頷いた。
「それはそうですが……」
少し不満そうな顔のリーサに、ロジュはそのときを思い出しながら、口を開く。
「お前のこと、人形みたいな女性だと思った」
「それは、褒めてますよね?」
「もちろん」
美しくて、自分が近寄るのは許されない。そんな、特別な人。そう思っていた。
まさかその後の食事中に求婚をされるなどと、思うはずはない。
「ありがとうございます」
頬を少し赤に染めながら、弾んだ声で礼を言ったリーサを見て、容姿を褒められるのはそんな嬉しいことだろうか、と疑問に思う。
「それなら、お前は俺のことどう思ったんだ?」
「……」
「そこで黙られると怖いが」
先ほどの明るい表情から、一気に難しい顔に変わったリーサを見て、ロジュは苦笑した。別に無理に褒め言葉を絞り出してもらう必要はない。
そう思っていたロジュをリーサがジッと見つめる。その橙の瞳は、強い熱を帯びていた。
「綺麗だと、思いました。炎の間から見えるあなたが」
「そうか」
やはり気を使わせている気がする。そう思ったロジュは、頷いてそれ以上何も言わなかった。そんなロジュを見て、リーサが不満げに顔を覗き込んできた。
「もっと喜んでください」
「綺麗はウィリデみたいな見た目だろう?」
「ロジュは綺麗です」
そう繰り返すリーサに、ロジュは曖昧に頷いた。それをみたリーサが顔をしかめる。
「私の言葉では、響いていませんね」
「……そんなことはないが」
「本当に?」
全く信じていない様子のリーサに、ロジュは頷いた。
「今まで、瞳の色を基準として評価されることが多かったから。あまり分からない」
だからロジュはすぐにリーサの言葉をすぐに受け取ることができない。ロジュは「赤い瞳を持たなかった例外的な王子」なのだから。
「ロジュは綺麗ですよ」
「……ありがとう」
リーサの声はいつもより優しい。ロジュは思わず目を逸らす。リーサがくすくすと笑う声がロジュの耳まで届いた。
しばらく沈黙が続いた。町の中心部に近いところに来た時、ロジュは口を開く。
「リーサ。市場の様子は興味ないか?」
「あります! 流行とか、ソリス国で人気の物を見たいです。可能でしたら、シルバ国からの輸入品で、何が売れているのか見たいですわ」
「分かった」
昨日クムザと話をしていたとき、それは世間一般のデートなのか、と首を傾げられたが。少なくとも、リーサのお気には召したようだ。ロジュはほっと息を吐いた。
◆
大体の案内は終わり、ロジュはリーサに問うた。
「もう帰るか?」
それに対し、リーサは首を振った。ロジュの顔を覗き込んで、口を開く。
「お願いがあります」
「なんだ?」
「ロジュの、1番好きな場所に連れていってください」
「俺の?」
ロジュがぱちりと瞬きをすると、リーサがしっかりと頷いた。
「あなたの好きな場所を知りたいです」
「……少し歩くが、いいか?」
「はい」
◆
リーサは、自分の言葉がロジュを困らせたのではないかと心配していたが、そうではないらしい。しかしリーサが頼んでから、ロジュの雰囲気はどことなく違った。明らかに口数が少なくなったロジュに、リーサも黙ってついていく。
「ここだ」
ロジュに言われ、リーサは息を呑んだ。
「ここ、は」
「ああ」
ロジュがリーサを連れてきたのは、少し高くて見晴らしのよい台地だった。目の前に見えるのは、シルバ国。
「……ロジュは。兄上から連絡を遮断されたとき、ここに来ていたのですか?」
「やはりお前は察しがいいな」
森に囲まれたシルバ国。その全貌が見えるわけではない。しかし、森の隙間から城が見えている。
説明もなくウィリデからの連絡が途切れた後、ロジュはここからシルバ国を見て、ウィリデのことを心配していた。そう思うと、とてつもない苦しさがリーサを襲った。リーサは胸が締め付けられるような感覚がする。
ロジュは。どんな気持ちで。ここにいたのだろう。
ウィリデを感じられる、わずかな望み。それを抱えてここに来ていたというのか。もしかしたら、ウィリデが見えるかもと期待をし、兄のように慕っていたウィリデの安否を知りたかったのが容易に想像できた。
リーサの顔を見たロジュの口から出るのは、困ったような声だった。
「リーサ。なんでお前がそんな顔をしているんだ?」
「どんな顔です?」
「苦しいような、悲しいような」
「ですが……」
兄の決断がロジュを傷つけた。ウィリデは王としてはどこまでは正しくても。それはきっと何かの犠牲の上で成り立っていることを実感せずにはいられなかった。
「俺のことを、憐れむな。ウィリデと会った後の俺が不幸だったことはない」
「それ、でも」
「ウィリデの選択は、正しい。最善だ。きっと、悩んだ上の決断」
リーサは押し黙った。ロジュの言う通り、正しいのだ。しかし、妙な違和感がある。
ウィリデなら。正しいだけの選択をするか? 寛大さを求めるシルバ国の人間らしく、優しくありながらも、正しい選択をするのが、ウィリデ・シルバニアではなかったか?
もやもやとした感覚を抱えながらも、リーサはそれから目を逸らした。兄のことが急に分からなくなってしまう気がして、その『違和感』の正体を考えることもしなかった。




