四十六、記憶の仮説
ロジュの疑問にラファエルが軽く首を斜めにした。
「基準、ですか。確かに謎ですよね。テキュー殿下やウィリデ様は王族ですが、僕は王族でもないのに」
「でも、王家の血は流れているだろう?」
「それは、確かに」
ラファエルの母、リリアン・バイオレットはロジュの父親、コーキノ・ソリストと従姉弟だ。リリアンには王家の血が流れているため、ラファエルも同様。
「仮説1としては、王家の血ですね」
「ああ」
しかし、王家だから思い出しているわけではなさそうだ。現にロジュの父もラファエルの母も何も知らなさそうだ。
これだけでは仮説にすぎない。
「他があるとしたらなんでしょうか?」
ラファエルに言われてロジュは考える。この世界で不思議な力があるとしたら大体は、フェリチタに関係があると考えるのが自然だろう。
「ラファエル。お前のフェリチタは太陽だよな?」
「そうです」
ロジュは太陽と炎。ラファエルは太陽。ウィリデは陸上動物、テキューは炎。アーテルは月。
「まあ、そこに共通点はないよな」
国すら違うのだ。フェリチタが同じはずはない。リーサが炎のフェリチタから加護を受けたというのが例外なのだから。
「それでも、フェリチタが関わっている気がするが」
「その気持ち、分かります」
「そうだよな」
ラファエルの同意も受けて、ロジュはまた考え込む。
フェリチタとの関係があるとすれば、それはなんだろうか。
戸を叩く音がしたが、ロジュは生返事をする。ガチャリという音も聞こえていない。
「ロジュ様」
「……うわ。びっくりした。シユーラン」
「驚かせてしまい、申し訳ありません」
「いや、俺が考え事をしていただけだから」
不思議そうな顔をしたシユーランだが、曖昧に頷いた。
「何かお悩みですか?」
「いや……」
シユーランには全貌を言えない。彼がそれを知ったところでロジュへの態度を変えることはあまりなさそうだが。それでも、「今」とは関係のない話。知らないほうが良い。
「ラファエルのフェリチタからの加護をみて、何か感じることはないか?」
シユーランは、ラファエルヘと視線を移す。しばらくしてポツリと呟いた。
「ラファエルは、加護が多いですよね。この国でも、トップクラスに」
「え? 僕がですか?」
ぎょっとした顔をするラファエルを見ながら、ロジュは考え込む。
加護の量を測る機械はない。加護の量は、フェリチタから「どこまで自由に扱わせてもらえるか」が関わる。
ロジュは生まれたときから、炎で遊ぶレベルであり、太陽の光も好き勝手使っていた。そんなロジュが「強い加護」と判断するのは簡単だ。
他はどうか。いくつかの判断基準はある。例えばリーサ。「炎が勝手に広がった」という事象。このようなことがあると、加護の段階は十段階でいうところの七から九には位置すると判断される。
一方で、フェリチタにあまり興味がないこともある。その場合は判断ができない。ラファエルもその部類だろう。
「僕は、想像力が足りないと言われたことはあります」
「だからフェリチタの量を測れなかったんだろうな」
どう扱うか。どう力を借りるか。それは、その人次第。想像をしないと、実現もしない。
「シユーラン。俺とラファエルは? どちらが多い?」
「それは迷うまでもなくロジュ様です」
「太陽と炎の加護を受けているから多いのではなく、太陽だけでも?」
「はい」
「それでもラファエルは多いです。大学内でも1番。もしかしたら、この国で2番目かもしれません」
ロジュを除いて加護が強い。それが、正しいとすれば、テキューもそうなのだろうか。
「シユーラン。俺の弟と会ったことはあるか?」
「はい。テキュー殿下が私のところに来たことあります」
「は?」
「え?」
ロジュとラファエルがほぼ同時に驚くと、シユーランは首をかしげた。
「あ、申し訳ありません。何か問題がございましたか?」
シユーランの質問に、ロジュは目を伏せた。ラファエルの声は気まずそうだ。
「いえ。あの……。何かされませんでしたか?」
「何か?」
「殺されそうになったりは……?」
ラファエルの質問に、シユーランはぽかんとしたあとでくすくす笑った。
「面白い冗談ですね、ラファエル。普通にお話しただけですよ」
「……それなら大丈夫です」
テキューも穏やかになったな、とロジュはぼんやりと思う。ラファエルのことはしばらく睨んでいたのに。
「テキュー殿下はロジュ様がお好きなんですね。ロジュ様のことをたくさん教えてくださったので有意義な時間でした」
「それは、自分の方がロジュ様を知っているという見せつけ……。いや、なんでもないです」
ラファエルは途中で言葉を止めたが、ほぼ言ってしまっている。
ロジュはラファエルにだけ聞こえる声で呟いた。
「まあ、シユーランには毒気を抜かれただろう」
「そうでしょうね」
シユーランが純粋な人間で良かった。テキューは子どもみたいと思うこともあるから、大人な対応を素でするシユーランに攻撃はしないだろう。
「ロジュ様も大概分かっていませんよね」
「何がだ?」
「いえ、なんでも」
ラファエルがなんでもないと答えたことで、それ以上は聞かず、先程の話へと戻すことにした。
「テキューの加護は?」
「テキュー殿下も強いですね。炎の加護を持つ人の中では強い方です」
「俺を除いて1番、か?」
「私が見た中では」
それなら、仮説としては立てられそうだ。ロジュのような例外にあたる者を除き、国で加護を1番受けている人。しかし引っかかる。
「ウィリデは、陸上動物の加護が国で1番ではないと思うんだよな」
「そうなのですか?」
ラファエルに問われ、ロジュは頷く。
「ああ。そう言っていた気がする」
「でも、あの方は例外では? 大きく関わっているので」
「それもあり得る」
例外を誰と捉えるか。時の巻き戻しを実行したロジュとアーテルか。あるいはきっかけとなったウィリデか。どちらもか。
「何をお考えで?」
「あ、悪い。シユーラン。たいしたことではないんだ」
シユーランには聞かせないと決めているため、ロジュはすぐに首を振った。
「シユーラン。情報をありがとう」
「いえ。これくらいでしたら、いくらでも」
またウィリデやアーテルと話し合う機会を作ることを検討しながら、ロジュは目の前の仕事に戻った。




