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十三、ソリス国上層部の会議とウィリデの来訪

「続いてはどの案件について話し合いましょうか」


 ここに集まっているのはごく少数人数だ。定期的に行われるソリス国の上層部が参加する会議。出席しているのは王と高位貴族のみ。高位貴族はソリス国で三大公爵家といわれている。スカーレット公爵家、クリムゾン公爵家、バイオレット公爵家の当主がこの会議には参加している。


「陛下、いつになったら後継者を決断なさるのですか」


 スカーレット公爵家。現在の王妃の家門だ。


「ロジュ様も二十歳になられましたし、そろそろ陛下のお考えを伺いたいですね」


 クリムゾン公爵がそう口にする。


「……」


 黙って会話を黙って聞いているのは、バイオレット公爵。女性が当主を務めている。


「そう焦って決めることではないだろう」


 ゆったりと口を開いたのが、コーキノ・ソリスト国王だ。


「陛下、その言葉は十年前からおっしゃっていますよね」


 スカーレット公爵家は第二王子テキューを支持する派閥の中心だ。この国の国王に遠慮なく探るような目を向ける。


「いつまでにお決めになるか目安はございますか?」


 クリムゾン公爵家は第一王子ロジュを支持する派閥の中心だ。


「まあ、安易に決定はできませんものね」


 バイオレット公爵家は現在中立派であり、どちらを支持するとも表明していない。また、バイオレット公爵は現在の宰相でもある。


「その話で終わりなら、今日の会議は終了にするぞ」

「陛下、いつになったら考えを教えていただけるのですか?」

「まだだ、と言っているだろう」


 そう言い放ったコーキノ国王は、首を振って立ち上がった。


「承知しました。これで会議は終了いたします」


 コーキノ国王の発言を受け、宰相であるバイオレット公爵が終了を告げる。コーキノ国王は黙って頷き、部屋から出て行こうとした。


「お待ちください、陛下」


 クリムゾン公爵が声をかけた。


「……。なんだ? まだ何かあるのか?」


 鬱陶しそうな表情をしたコーキノ国王が振り返る。


「ある国がどちらかの王子の支持を表明したという話を耳にしましたが、誠ですか?」


 一瞬であるが、コーキノ国王の表情に動揺が走る。その表情を見逃すような三大公爵家当主ではなかった。


「……。どこで聞いた?」


 諦めたように言うコーキノ国王は、否定の言葉を持たない。


「いいえ、確証は何もありませんでした。そろそろどこかの国が表明してきそうと思って尋ねただけなので」


 その言葉で、コーキノ国王は鎌をかけられただけだと悟る。ため息をつく。気がつかれてしまったからには、認めるしかないだろう。


「それ以上は言わないぞ」

「十分です」


 クリムゾン公爵の返事を聞き、今度こそコーキノ国王は部屋を出ていった。


 コーキノ国王は思い出す。シルバ国王、ウィリデ・シルバニアから「今度お会いしたい、ソリス国へ伺います」という内容の書簡が届いたことを。

 はっきりと表明がきたわけではないが、それと近い話をされそうだとコーキノ国王は考えていたため、会議で動揺を見せたのだ。

 恐らくソリス国の王位継承の話だろう、と思うと気が重いが、他国からの王族の訪問を断ることはできない。




「コーキノ陛下、お久しぶりです。」


 ウィリデがソリス国にやってくる日が来た。ウィリデはにこやかにコーキノ国王へ挨拶をした。


「久しぶりです、ウィリデ陛下」


 以前会ったのは五年前の国際会議か。その後の五年間はシルバ国は国を閉ざしていたのだから。


「まずは謝罪を。勝手に国を閉ざして、申し訳ありません」

「ああ、その件は息子から聞いています。大変でしたでしょう」


 その時はウィリデが王となって五年目だ。大きな事件への対処は大変だったはずだ。それでも対処ができたのは、さすが、と言えるだろう。


「寛大なお言葉、感謝いたします」

「このことは公表はしないのですよね?」

「はい。そのつもりです」

「なるほど」


 それがいいだろう、とコーキノ国王は納得して頷く。今回の事件を公表した場合の不利益が大きい。


「それで今回の訪問の本題を伺っても?」

「はい、私の妹、リーサについてです」

「リーサ王妹殿下のお話、ですか」


 次期王の話だと思っていたコーキノ国王は意外に思うが、表情には出さなかった。


「実は……。リーサは炎の加護があることが分かったのです」

「それは……。珍しいですね」

「ええ。他国のフェリチタから加護を受ける事例は私は聞いたことがないのですが……。コーキノ陛下はありますか?」

「恐らくない、と思います。古い文献を読み直さないと断言はできませんが……。でも読んだことがあればそれほど珍しいことは記憶に残っていそうなものです」


 他国のフェリチタを加護に持つ。そんな話はきいたことがない。彼女が例外であるのか、あるいは遺伝が影響しているのか。

 フェリチタを研究している人間が目を輝かせて興味を持ちそうな話だ、と思いながら、コーキノ国王は自分の息子、ロジュを思い出す。ロジュは大学でフェリチタを研究しているはずだ。


「そうですよね……」


 ウィリデがコーキノ国王からの知らない、と言う返事を受けて思案するように言葉を止める。


「そこで、お願いがあるのですが」

「なんでしょう」

「リーサをソリス国に留学させていただけないでしょうか。炎を扱う方法を学ぶにはソリス国が一番良いと思うので」

「構いません」

「ありがとうございます」 


 ウィリデはほっとしたように息を吐く。リーサが求める力の扱いをシルバ国で教えることはできない。ソリス国で許可を得られてよかった。


「それからロジュ殿下とお会いしたいのですが、現在ソリス城にいらっしゃいますか?」

「確認いたします」


 コーキノ国王が手を軽く挙げて使用人に合図を送る。近くにいた使用人が頷いて去っていく。ロジュの居場所を確認しに行ったのだろう。これにより、声が聞こえる距離には人がいなくなった。


 ウィリデは自分の前に置かれていた紅茶を飲んだ。カップを置くと同時に、コーキノ国王がウィリデに向かって口を開く。


「ウィリデ陛下はロジュを可愛がってくれていますよね」

「ええ。私にとっては可愛い弟です。ところで」


 ウィリデがコーキノ国王に真剣な目線を向ける。


「他国の王位継承に通常は口を挟めませんが、最も年長の王子または王女が二十歳になっても決まっていない場合は王族の一人を支持することができる。そうですよね?」


 ウィリデは声を抑えてコーキノ国王に尋ねた。コーキノ国王は黙って頷く。やはりその話か、と思いながら。


「それでしたら、シルバ国の王としてロジュ殿下を支持することをお伝えしておきます」

「それは公式な発表と捉えても?」

「いいえ、それはまだですよ。当事者が名乗りをあげないと継承争いが始まらないという規則はちゃんと知っています」

「それでは伝えることになんの意味が?」


「コーキノ陛下」


 ウィリデがさらに声をひそめる。


「そもそも継承争いをする必要はあるのですか?」


 ウィリデの言葉には、迷いがない。


「ほう、何が言いたいのです?」


「王位継承争いとなるのは、適任者が複数いるとき、ですよね?」

「……」


 黙り込んだコーキノ国王と対照的にウィリデはいつもの柔らかな笑みを浮かべる。


「それからコーキノ陛下、私はとても疑問を感じているのですが……」


 ウィリデの言葉に冷ややかな温度が含まれる。彼は笑っている、はずだ。しかし彼の若草色の瞳には冷え冷えとしたものを感じる。


「十年前もお願いしましたよね。ロジュが心穏やかに暮らせるように、寂しい思いをしないように、と。ですが、この様はなんですか? なぜロジュは……、あんなに諦めたような表情を浮かべているのですか?」


 コーキノ国王は何も答えない。答えることができない。


「もしこれからもこのままなら……」


 ウィリデが言葉を続けようとした時に、コンコン、とドアを叩く音が聞こえた。ロジュの居場所を確認しに行った使用人が帰ってきたのだろう。


「失礼致します。ロジュ殿下はソリス城内にあるロジュ殿下の仕事場にいらっしゃるようです」

「わかりました」


 ウィリデは話を切り上げ、立ち上がる。


「それではコーキノ陛下、失礼致します。……私からのお願いをゆめゆめお忘れなきよう」

「ああ」


 ウィリデは最後にフワリ、と柔らかい笑顔を浮かべて立ち去った。彼の目を見なくても、冷たさを含んでいることは分かるだろう。


「はあ……」


 十歳以上も歳下であるウィリデにここまではっきり言われるとは思わなかった。コーキノ国王は一人残された部屋でため息を吐く。


「だけど……」


 きっとロジュのことを大切に思ってくれているのだろう。ロジュを大切にしないと、シルバ国に連れて行くことも厭わないとウィリデが言おうとしていたことが容易に想像できる。


 ウィリデは、ロジュが王になることを支持しながらも、シルバ国に連れていくことを提示しようとしたのだ。

 つまり、ソリス国の王にはロジュが望ましい、と分かっていながらも、ロジュが本気でソリス国を捨てる気になったら、連れていくのだろう。


 それが伝わるくらい、若草色の瞳は本気だった。


「はあ……」


 コーキノ国王は再びため息を吐く。ロジュをソリス国から手放すわけにはいかない。例えロジュが望まなかったとしても。


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