四十一、リーサ・シルバニアの悩み
『……リーサ様は手が届かない方が良かったんですか?』
『リーサ様。あなたにとっての愛とは何ですか?』
ラファエルから言われたことを考える。
なぜ自分はロジュからの好意に似たものに怯えているのだろう。それは恋い焦がれたものであるはずなのに。欲しくて、追い求めて、必死だったはずなのに。
「なんで……」
しかし、その答えはでない。リーサはベッドに寝転がった。1日の疲れが一気に押し寄せてくる。
「ロジュ……」
思わず彼の名を呼ぶ。
ソリス国第一王子。王太子。深紅の髪に、藍の瞳。中性的な美しさを持つ。
どこか冷たく見える外見を持つが、それに反して優しくて怖がりな人。堂々と振る舞うのに、自分に自信がない。
そして、リーサのことを助けてくれた人。炎の中で立ちつくすリーサのために、自分の身体を傷つけてまで、対応してくれた。
胸の中からせり上がるような思い。ロジュのことを思い出して、やっぱり彼への渇愛を感じる。
「これは、恋なのかしら? 愛、と呼んでいいものなの?」
一人の部屋で呟いても、勿論返事はない。
『世界は愛に溢れていて、みんなそれぞれ違う形の好きを持っているの』
アーテルの言葉が脳裏によぎる。
それでも分からない。ほしい、というこの気持ちは愛なのだろうか。手に入らないものに焦がれていただけ、とでもいうのだろうか。
「分からないわ」
リーサは、国からほとんど出たことのない箱入りの姫だ。恋だってしたことなかった。兄は結婚する素振りを見せていなかったから、余計に結婚や恋愛は遠い存在だった。
「それでも」
ロジュを求める、この気持ちに嘘はない。
底なし沼に落ちていく感覚で、眠りに落ちた。
◆
気がつくと、目の前の光景が変わっていた。そこはリーサにとってよく知る場所。シルバ国の謁見の間。
不思議に思いながら、王座に座っている人を見る。若緑色の髪を見るのは、初めてではない気がして、妙な違和感をおぼえながら目をこらす。
「え?」
思わず声が出た。だって、そこに座っているのはリーサだ。
今よりも少し幼い。20才くらいだろうか。
それにしても、なぜ。リーサが王座に座る事態に? だって、ウィリデがいるはずで。
混乱しているリーサを気にすることはなく、目の前の風景は進んでいく。
そこへ謁見に来ている人が一人。その深紅は、馴染み深い色だった。藍の瞳には強い意志が宿ってはいるものの、どこか無理矢理自分を奮い立たせているように見える。
二人は会話をしていく。彼が口にしたのは、まるでプロポーズのような言葉。それに対し、リーサが口にしたのは『兄上が亡くなり』という言葉とロジュを咎め、詰るような言葉。
意味が分からない。しかし、目の前の景色は勝手に進む。
目の前のリーサの言葉はきつく、尖ったものだ。しかし、彼は粛々と受け入れている。
それが不思議でならない。一体、何が起こっているというのか。
いや、リーサは何となく気がついていた。これはきっと。ウィリデ・シルバニアが死んだ世界だ。
リーサは否が応でも王となった。その責を負った。負わざるを得なかった。そしてロジュ・ソリストがウィリデのためにシルバ国に来ようとした。
ロジュ・ソリストがいれば、シルバ国を守れる。世界でも影響力の強いロジュ・ソリストがわざわざ下手に出ているのだ。イエス以外の返事があるだろうか。
しかし、目の前にいる女王のリーサには、そこまで考えている余裕がないのだろう。あろうことか、条件を出した。ウィリデを殺した犯人を見つけろ、と。
様子を見ていたリーサは、ウィリデが殺された、という情報に驚いた。ウィリデが亡くなったのは予想としてできていたが、殺されているとは思わなかった。
それと同時に、女王のリーサの発言に血の気が引く思いがした。
悪手にもほどがある。ウィリデを殺した犯人なんてロジュに見つけさせて、彼が正気でいられると本気で思っているのか。
そこで気がつく。女王のリーサはロジュ・ソリストを知らない。彼がどれだけ兄を大切にしていたのか、知らないのだ。20歳くらい。リーサがロジュに嫌悪を抱いていた頃だ。
それだから、最悪の選択をした。ロジュを、絶望に陥れた。
最後に見たのは、赤に染まる世界だった。そこから、一気に世界は真っ暗になった。
◆
目が覚めて、しばらく体が動かなかった。ゆっくりと起き上がり、自分の目元が濡れていることに気がつく。しかし、ポロポロと流れる涙を止めることはできない。深く息を吸う。
何か、大切なことを知ったはずなのに。それは全部、どこかへいってしまった。リーサは全部忘れてしまった。
物寂しさだけが残る。大事な、何かを失った。多分自分は間違えた。
「ロジュに、会いたい」
なんでそんな言葉が出てきたかは分からない。リーサは身支度をすると、すぐに家を出た。ソリス城へ向かって。




